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セントルローズ公爵夫人の茶話会はいつも紅茶が冷めてしまいます  作者: シロクマシロウ子


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1杯目5口 マリアとヴィエラの談話とその夜のロンモルト侯爵夫妻

〜登場人物紹介〜

◇マリア……セントルローズ公爵夫人。お茶会主催者。

◇ヴィエラ……先々代セントルローズ公爵夫人。


─本日の招待客─

◆ローラ・メイトラント……カステア伯爵夫人。マリアの友人。30歳。結婚8年目で息子が1人。

◆エミリア・ホランド……リンソール子爵夫人。結婚を3ヶ月前にしたばかりの新婚。19歳。

◆ティルマ・ハーパー……ロンモルト侯爵夫人。38歳。お互いに再婚した夫婦。ティルマは1人目の夫との間に息子が2人いて、ロンモルト侯爵には先の夫人との間に娘が1人。今は夫婦の間にできた娘がもう1人いる。


 


 窓の下からは女性達の交わす (にぎ)やかな 別れの挨拶が聞こえてくる。


 応接室(ドローイングルーム)はマリアとヴィエラ2人だけになったが、まだ使用人を呼ぶ(ベル)は鳴らしていなかった。


「やれやれ。やっぱり紅茶が冷めてしまったわねぇ」


 ヴィエラは ぬるくなった紅茶を口にした。マリアがすぐに


「新しい紅茶をお作りしましょう」


 と言ったが、ヴィエラは片手を振って不要と表した。


「いつものことでしょう。話に夢中になって後半は誰も手をつけなくなるの。マリア、あなたこそちゃんと熱いのを飲みなさいな」


 マリアは苦笑しながら、やはり先々代公爵夫人と同じように ぬるくなった紅茶を飲んだ。

 窓からは遠のいていく馬車の車輪の音がした。


「今のロンモルト侯爵はルドルフの息子の……確か……確か……」


 名前の出てこないヴィエラに、マリアは助け舟を出す。


「フェラルド・ハーパー」


 ヴィエラはうなずいて、でも


「分かっていましたよ、私は」


 と言った。マリアは素知らぬ顔で


「勿論です」


 とだけ言った。

 その顔を一瞥(いちべつ)して老婦人は話し出した。


「フェラルドは育ちのいい真っ直ぐな青年だったのよ。20代前半の若い頃、あるシーズンで最も美しいと評判の令嬢に恋して求婚し、結婚したわ」


「それが先妻ですね。何があったんですか?」


 マリアの問いにヴィエラはうつむいた。


「女神のように美しい外見だけど、ひどい女だったのよ。長女が産まれた後すぐ2人は別居して、その女は若い男の取り巻き達を連れて遊び歩くようになった。怪しげな薬や乱行パーティまがいのことをしていると噂があったわ」


「別居の理由は分かっているんですか?」


「なんでも…………"出産は体型が崩れるし、痛くて疲れるからもう嫌!"と屋敷を出て行ったそうよ」


 マリアはその話に呆れて絶句した──


「マリア、口が開いたままですよ。みっともない」


 慌てて口に手をやり


「すみません、お義祖母様(ばあさま)


 と謝る。ヴィエラは孫の嫁のみっともなさが直ったことを確認してから、続けた。


「しかも、彼女が死んだのはいかがわしい店の上の宿のベッドでだったのよ。どうも……薬物の過剰摂取だったらしいわ」


 マリアは、今度は口を"あぁ"という形にして顔をぶんぶん振った。片手は口に添えていたが、ヴィエラには


「冷静に。またみっともない顔よ、"公爵夫人(ダッチェス)"」


 と指摘された。


「──申し訳ありません。でもあまりに……酷すぎて」


 ヴィエラは深くうなずいた。


「ティルマのご主人が亡くなった時、彼女は新聞に載ったわ。最愛の夫を亡くし、息子達を抱きしめ涙する夫人──って。風刺画も書かれていた。

 フェラルドはその頃からティルマを気にかけていたのではないかしら?

 彼は 次の妻には子供を愛してくれる女性を──そして、自分を愛してくれる女性を──夢見ていたはずですよ、きっと」


 その時マリアには 理解できた気がした。


 そうした経験をした彼から見た ティルマとその息子達は どう映っていたのか

 最愛の1人娘を奪っていく若者────また、自分を愛してはくれない妻────


(だからあんな助言をなさったのね。あら?でも……)


「お義祖母様、なぜティルマに"愛している"と伝えたら良いと教えなかったんですか?」


 マリアにはその方が全てが簡単にいくように思えた。

 が、ヴィエラはその質問に人差し指を一本立てて振った。


「あなたは ()()()()ですよ、マリア。

 それは、誰かに指示されて使う言葉ではないからよ。

 自分の中に自分で見つけて 心を込めて伝えるものでなくては……意味は無いの」











 その夜────ロンモルト侯爵邸




 決意から3時間ほどもたっているのに、私はまだ"その扉"をノック出来ないでいる。




 "その扉"──それは数ある中でも唯一、館の主人とその妻の隣り合う寝室を隔てている一枚の扉。

 再婚したばかりの頃は、ロンモルト侯爵──フェラルドが開けて訪れてくれていた。

 子供を作らないと決めてからは、私も身籠(みごも)りそうな時期は断るようになり、やがて……その扉から、彼の姿を見ることは無くなってしまっていた。


 自分が、自分から、開ける側になって初めて気づく。

 まだ使用人がいたら?寝る準備をしていたら?気まずいタイミングだったら?嫌な顔をされたら?────もう、寝てしまっていたら?

 そんなことをグルグルと考えているうちに、時間が過ぎていく。寝着とナイトガウン姿で、扉の前で腕を組んで動けなくなる。


 彼も思ったんだろうか?男の人でも?フェラルドも?侯爵でも思うものなの?


 夜に相手の寝室を訪れることがこんなに怖いなんて……



 ────前の夫は寝室もベッドも一緒だった。だから眠るために2人共ベッドに入って、あとは成り行きだった……



 そこでハッとする。



 ちがう!ちがうわ!ちがうのよ!

 私は夫を()()に行くんじゃないのよ!


 彼に意思表示をしに行く

 宣言しに行くのだ

 侯爵夫妻として後継をつくるための努力をしようって


 するべきこと 言うべきことだわ


 だから行かなくてはいけないだけ!


 奮い立たせた右手で 扉を殴る気持ちで叩いた。


 コンコン!!!!


 必要以上に大きな音になってしまった!!自分でも驚いてビクリとする。思わず扉から後ずさった時


「……どうぞ」


 と戸惑いを(ふく)んだ声がした。

 逃げ出したくなる足をなんとか前に出して、ドアノブに手をかけて回す。ガチャリと音がして、その扉が……その扉が……開いてしまった…………








「どうかしたのか?」


 フェラルドも、自分と同じように寝着にガウン姿だった。

 彼の金の混じるような茶色の瞳に見つめられて、一歩進んだところで止まり、立ち尽くす。

 沈黙が怖くて、すぐに私は手に(にぎ)っていた紙を広げた────良かった!書いておいて!!


 相手の視線を感じながらも、紙の方を凝視して必死で読み上げた。


「私、ティルマ・ルル・ゼーテ・ハーパーは、ロンモルト侯爵夫人として、これから後継となる長男を産むことに尽力致します!私は、ハーパー家と夫からもらった幸福に報いるために、この全てを懸けることを恐れません!!」


 言いながら顔が赤くなるのが自分で分かる。熱い。──でも言った!言い切った!やったわよ!!


 恐る恐る顔を上げると、夫は目を丸くしていた。が、その瞳は優しく細められた。


「………………ありがとう」


 彼の言葉も優しく──それから 少し寂しげに 寝室に響いた。

 そして、聞いた。私に。


「これを言うために来たのか?」



 その声が自分の中でこだまする────



()()を言うために来たの?──私は?


 この部屋に?

 夫の寝室に?

 彼の元に?



 あんなに怖かったのは……

それでも必死になったのは……

 やめずに行こうとしたのは……



「違います」

 


 知らないうちに言葉は口から出ていた。

 夫の表情が変わるのが分かる。




 ああ……どうしよう私


 

 私は 私は




「愛してる から」

 



 ……だから ここに 来たかったんだ



 答えを口にした後で、自分を知った。

 両手で顔を覆う────今はただ そうしなければ崩れ落ちそうで


 次の瞬間、力強い両腕の温もりの中にいた。────懐かしいと感じた。それは前の夫ではない。その人はもう大切な思い出になっている。

 今熱を自分に感じさせてくれるのは……


「すまない。…………言わせてしまって」


 そう言って 抱き上げてくれた。手の中にあった紙切れがハラリと落ちたけれど、もうどうでも良かった。

 夫は私を抱き上げたままドアを蹴って閉めると、奥に進み──天蓋てんがいつきの侯爵夫人のベッドに降ろす。


「私、せっかく勇気を出して侯爵の寝室に行ったのに……戻されてしまったの?」


 (おお)いかぶさってくる彼に尋ねると、胸のあたりで笑い声がした。


「来るべきだったのは私だと反省したからだ。次は侯爵のベッドに招待するよ、マダム。────だが今夜はもう……余裕が無い……」


 最後の一言には飢えが感じられた。自分はそれが嬉しいと思った。

 深く長い口づけを久しぶりに交わして、息を切らしていると、彼が私の瞼に優しいキスを落として


「愛してる」


 と言った。────言ってくれた。


「私達はそれぞれの子供(連れ子)のための結婚であり、子作り(あとつぎ)のための結婚なのだと思っていたわ。…………いつから?どうして?」


 暗闇の中で、最後の自分の声が泣き声のように聞こえた。


「愛してない女性となんか結婚しない。だが……もう言いたく無かった。私がどんなに伝えても、相手の方から 本当の意味で返してもらえたことは……1度も無かったから」


 今度は最後の彼の一言(ひとこと)が震えていた。


 ────愛しい気持ちが込み上げて、私は闇の中に浮かぶその金髪を撫でた。その指で彼の輪郭をなぞる。


「愛してるわ。私は。私は、あなたを愛してる。」


 彼は自分の大きな手を、彼の顔に触れている私の手に重ねた。そして、何かを染み込ませるかのように、瞳を閉じる。

 私はもう一度言った。


「愛してるわ」


 闇の中でも、彼が目を開けたのは分かった。

 瞳が(きら)めいている。


「私も愛してる、君を。君だけを」


 暗くても、私達は見つめ合った。でもそれは1秒も無かったと思う。

 あとは お互いに待てなかった。





 私達は その夜 愛し合った


 ────ありとあらゆる意味で










読んで頂きまして誠にありがとうございました。


このエピソードで【第一回茶話会完結】とさせて頂きます。


連載はまだ続く予定で、明日もう1エピソード、第二回茶話会への準備の予告のようなお話を更新してから、お休みの予定です。

感想、リアクション、ブクマ等頂けましたら大変励みになります。

それでは、今はまた、明日1エピソードをよろしくお願い致します。<(_ _)>


シロクマシロウ子

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― 新着の感想 ―
 子どもたちとは違った大人の恋愛といった感じですね。(苦笑)
第一回茶話会、本当に素晴らしかったです。かなり始めからさりげなく伏線が張ってあって、今話でこうきたか!と。感服です。 BBCの古き良きドラマを見ている様に舞台装置もキャラの動きも実在している様に描写…
 ヴィルマの慧眼は、ティルマとフェラルドの間にきちんと愛があることも、お見通しだったのですね。  すれちがっていた夫婦が心通わせ合う夜も素敵でした。フェラルドは酷い前妻に苦しめられて心に傷を負っていた…
感想一覧
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