1杯目3口 ロンモルト侯爵夫人ティルマの再婚の悲劇(前編)
〜登場人物紹介〜
◇マリア……セントルローズ公爵夫人。お茶会主催者。
◇ヴィエラ……先々代セントルローズ公爵夫人。
─本日の招待客─
◆ローラ・メイトラント……カステア伯爵夫人。マリアの友人。30歳。結婚8年目で息子が1人。
◆エミリア・ホランド……リンソール子爵夫人。結婚を3ヶ月前にしたばかりの新婚。19歳。
◆ティルマ・ハーパー……ロンモルト侯爵夫人。38歳。お互いに再婚した夫婦。ティルマは1人目の夫との間に息子が2人いて、ロンモルト侯爵には先の夫人との間に娘が1人。今は夫婦の間にできた娘がもう1人いる。
レモンドリズルケーキが残っていたので、招待客3人はそろって2切れ目をもらった。
みんなが勧めたが、90代のヴィエラはおかわりは断った。
そして、マリアはエミリアとローラに紅茶を注ぎ足した。2人は話をしてケーキを食べて、カップはほとんど空だった。
2切れ目のケーキも食べ終わる頃、ティルマが話しだした。
「私はブルマン男爵の三女だけど──1人目の夫は同じように男爵家の……次男だった。軍で働いていたし、祖母から譲られた家と耕作地もあったから、裕福でもないけれど暮らしていけていたわ。
彼のいた村落では"1番の男前"と言われていた人だったの。8歳年上だったけれど年齢差は気にならなかったし、なんの不満もなかった」
「ご主人に片想いとか、憧れていたということですか?」
2つ目のケーキにフォークを入れながらエミリアが聞く。
「いいえ。なんだか酷い考えかもしれないけれど……男爵の三女なんて高望みしてはいけないと育てられたわ。実際──うちは男爵という名前だけで、調度品を売ったり土地も切り売りしながら暮らしていた"没落貴族"寸前だったの。周囲には必死に隠していたけれど。
だから暮らしに不安が無くなったことが…………ただ嬉しかった。主人の仕事に尊敬と感謝を抱いて結婚した。
10年間結婚生活があったけれど、その間に愛も……あったと思う。私と彼にはサイモンもライアンも──息子達もできて、とても幸せだったから」
ローラはうなずいている。マリアもうなずき、そして聞いた。
「前のご主人は軍のお仕事の最中に亡くなったのよね……?」
社交界は噂話や新聞記事が好きだ。マリアも当時様々な話を耳にした。
「任務中の殉死ということで、軍の葬儀で大々的に弔われた────面食らったかったほどよ。だけど何の仕事で どこで死んだかの説明は、最後まで されなかった。
そのかわり殉職の褒賞だの特進だの、弔慰金は…………沢山頂いたの」
そこで ティルマはみんなを見渡した。瞳は悲しみを宿していた。それでも彼女は言った。
「正直、助かったわ────凄く」
沈黙が広がったが、それは決して冷たいものではなかった。
「当然ですよ。子供2人を連れて女だけで生きていくには、厳しい世界ですからね」
ヴィエラは さも当たり前のように呟いた。手は刺繍をしたまま動いている。
ティルマは身体を彼女に向けて、 座ったままだが上半身だけのお辞儀をした。────姿勢を戻して また話し出す。
「子供達と実家に戻って、主人の遺してくれたお金で そちらの生活もいくらか立て直しができた。
そうしたら喪が明けたあと、社交シーズン直前に末の妹が 私に頭を下げて言ったの。"舞踏会で流行の新品ドレスを、人生で一度だけ着てみたい" ──って」
その言葉にエミリアはケーキを食べる手が止まった。彼女は裕福な伯爵家の娘として育っている。聞くことのなかった言葉なのだろう。
「何しろ貧しかった上に四女なものだから……。妹はその時もう20歳もとっくに過ぎていたのだけれど、ドレスは姉達からのお下がりの直しばかりで新品なんか着たことが無かったのよ」
ティルマは恥ずかしそうに笑みを浮かべたが、周りは誰も笑わずにただ耳を傾ける。
「それで、その年は私達姉妹と母は最先端ドレスで参加したわ。姉達は嫁ぎ先で用意したから、私と妹と母は3着ずつ新調できたの。我が家にしては大奮発だったのよ?」
「でも素敵な出費よ。みんなの思い出になる」
ローラが言った。それにティルマが首を振ったので、みんなは不思議そうな顔になった。
「その時のシーズンで、行き遅れだった妹は結婚相手を見つけたの」
キャ──!イェイ!と、拍手と共に温かい歓声が上がる。
「それだけじゃないの。私の方は ロンモルト侯爵に見初められた」
ヒュ───!と少し淑女達にしては、はしたない音もしたが、誰も気にせずティルマとハイタッチした。
ヴィエラも笑っていた。
「良かったですね。着飾って美しくなった2人に幸せが訪れたのね。ドレスの力って凄い!」
エミリアが屈託なく言った。ティルマは
「まぁ本当のところは……ロンモルトは奥様を亡くして娘さんが寂しがっていたから、子供慣れしているタイプの女性を探していたんだと思うわ。
娘さんが調度うちの長男と同じ年だったの。何度か行き来して子供達が仲良くなったから、再婚した感じよ────多分 お互いに」
と冷静に付け足す。だが 口調は優しい。
「ああ、じゃあ今は幸せなご家族なのね。ロンモルト侯爵は後のガーラント公爵を継承なさるでしょうし。もうなんの憂いもなし」
ローラがケーキの最後の一口を頬張って言う。
────ティルマは表情を曇らせた。
「それが実は……ここからがみんなに話したかったことなの。我が家は…………今、崩壊寸前よ」
言って、ティルマは顔を両手で覆った。
マリア、ローラ、エミリアは思わず前のめりになる。
1人掛けソファのヴィエラも 身を乗りだしていた。




