1杯目1口 カステア伯爵夫人ローラの結婚観
〜登場人物紹介〜
◇マリア……セントルローズ公爵夫人。お茶会主催者。
◇ヴィエラ……先々代セントルローズ公爵夫人。
─本日の招待客─
◆ローラ・メイトラント……カステア伯爵夫人。マリアの友人。30歳。結婚8年目で息子が1人。
◆エミリア・ホランド……リンソール子爵夫人。結婚を3ヶ月前にしたばかりの新婚。19歳。
◆ティルマ・ハーパー……ロンモルト侯爵夫人。38歳。お互いに再婚した夫婦。ティルマは1人目の夫との間に息子が2人いて、ロンモルト侯爵には先の夫人との間に娘が1人。今は夫婦の間にできた娘がもう1人いる。
お茶会は食事会とは違い、食卓テーブルには着かない。低めのローテーブルとソファで行われる。
アールグレイ茶葉の蒸らし時間は終わり、3人の客人達には紅茶が配られた。レモンドリズルケーキはもうカットされて皿に乗り配置がされている。
マリアは自分と先々代公爵夫人の分の紅茶の準備にかかりながら、以前もこの会に来たことのある人物に言う。
「ローラ、あなたの話からお願いするわ」
紅茶からのベルガモットの香りを楽しんでいた友人は、急ぎもせずにカップに一口くちをつけてから、ゆっくり返事をした。
「分かったわ、マリア。みんなこのケーキを食べながら聞いていいわよ。セントルローズ公爵邸のおかかえパティシィエのスイーツを 食べて帰るだけでも、来たかいがあるはずだから」
応接室に笑い声が漏れる。
ローラはそのパッチリとした瞳でみんなを見渡して話だした。
「私はローラ。夫はカステア(伯爵)よ。18歳で婚約して、22歳で結婚したの。だから結婚8年目。今は6歳になった息子が一人」
エミリアとティルマはレモンドリズルケーキに本当に手をつけていた。
アイシングの砂糖はシャリシャリと音がして、レモン果汁やピールと生地が口内で混ざり 最上級の甘酸っぱさを創り出す。
2人共美味しそうに頬張りながらも、話には うなずいている。
マリアも紅茶はまだ蒸らしている最中だが、ケーキにはフォークを刺していた。
ローラは そこで一息ついた。
「私は典型的な貴族の結婚なの。家同士の取り決めで顔も知らぬ間に婚約したわ。だから、"恋"の話は私は特にないの。今は息子ができたから────跡取りが出来たから、私達はもう別々に寝ているわ。ここ数年」
「カステア伯爵はどうしているの? 娼館? 愛人?」
マリアは部屋の誰もが知りたいだろうことを聞く。
「分からないけれど、誰かはいるんだと思う。だけど、知りたくもないし、知ろうとも思わない。マルクの────息子の教育には熱心だし、優しいわ。社交の場所には一緒に出ているし平穏に暮らせているから、私はそれで満足よ」
19歳のエミリアのフォークはいつしか止まっていた。
彼女は、ローラをじっと見つめて尋ねた。
「愛は? 伯爵に愛されなくても……平気なんですか? 伯爵を愛していなくても……?」
カチャカチャと ついさっきまでしていたカップやソーサー、フォークと皿のぶつかる音は止んでいた。────静寂の中、ローラは答える。
「…………愛されなくても愛さなくてもいいわ。むしろ、お互いに愛がないから私達は一緒にいて楽なのかも。
どちらかがとても愛しているのに、片方がなんとも思っていなかったら……その方が……ずっと辛いでしょう?」
ローラの答えに、エミリアは何も言えずにいるようだ。
すると、少し離れたところから声が飛んだ。
「悪くない考えですよローラ。伯爵夫人ならば、それくらいの気持ちでいなくてはね。
不貞で壊してしまうものがあるよりなら、そうであっても動じない程に無関心になるのは、貴族同士の夫婦にはよくあることですよ」
91歳の先々代セントルローズ公爵夫人だ。
ローラはその大先輩に会釈をして
「ありがとうございます。公爵夫……ヴィエラ」
と訂正しながら礼を述べる。
ヴィエラは皺だらけの手で 少し眼鏡をかけ直しながら、さらに言った。
「そうそう、今ここでは私達は年代も地位も超えて"ただの友人同士"よ。私のことも友人の1人だと思ってくれるならばこそ、呼び捨ても反論も是非して下さいな」
全体に言った言葉だったが、エミリアは1人大きくうなずくと口を開いた。
「でも、誰も愛していない愛されてもいないなんて寂しいわ。だから私ならそんな"貴族の夫婦"には、とてもなりたいとは……思えません。────ごめんなさい」
マリアは発言しようかと思ったが、茶葉の蒸らし時間が終わる頃だと気づいた。慌てて紅茶に手をかけていると、2度結婚しているティルマがエミリアに話しかけていた。
「あなた方はまだ新婚で、結婚して3ヶ月くらいでしょう?恋愛結婚だったのなら、愛を信じていて当然よ。そうやってスタートしていいの。
それを続けられる夫婦もあれば、…………続けられない夫婦もある。でも私達貴族には離婚はあり得ないから、どうしても噛み合わなくなった時には、夫も妻も不貞や恋愛が暗黙の許しになっているのよ。────後継を産むと言う義務さえ済んでいたなら、ね」
エミリアは
「そんな……」
と小さく息を飲んでいた。
「ねぇ、エミリア。私は別に誰も愛していなくて愛されてもない わけでもないわよ。」
持ち上げていたティーカップをソーサーに戻しながら、ローラは微笑みを浮かべて言った。
「私は息子をとても愛していて、あの子も愛してくれていると毎日感じているわ。そして、夫が私達を大切に想ってくれていると分かっている。それから、私のことをいろいろ考えてくれる友人もいる」
そうして、ローラは親友であるマリアの方をチラリと見た。マリアは出来上がった紅茶をヴィエラに運んで戻って来る。
「だから 幸せなの────とても」
ローラの言葉を聞いていたマリアは、自分の席に座り直しながら言った。
「愛や幸福って…………必ずしもハッキリと"愛してる"と言い合うことや、抱き合うことでもないのかも。
勿論!!それが出来ていれば越したことはないけれど!」
最後はマリアが両手を軽く挙げてふざけて言ったのでみんなが笑った。
マリアはそれを見定めてから、エミリアに顔を向ける。
「さあ、それでは甘々の恋愛話を聞かせてちょうだい。新婚さん」
読んで頂きまして誠にありがとうございます。
非常に恋愛要素の薄いお話からで申し訳ありません。<(_ _)>
世界観は英国ヒストリカルロマンスベースですが、英国の貴族達の典型的な結婚は家同士の取り決めで、本人の意思ではありませんでした。
それを理解してもらうためにも、まずローラのお話からのスタートとなりました。
それでも起こる ときめく気持ちや恋する瞬間、夫婦という男女の問題を、紅茶とお菓子で彼女達と共にお楽しみ下さい。
典型的な結婚をしたと割り切っているローラにも、陰の事情はありそうで………。そちらは、今回の連載中には明かされます。今回はエピソード7or8までで一区切り(一回目のお茶会)の予定です。
連載開始にリアクションやブクマ、感想等頂けましたら大変励みになります。
引き続きどうぞ宜しくお願い致します。
シロクマシロウ子




