第39話:『王の死角(ブラインド・サイド)』と『最後の采配(ラスト・サイン)』
副団長たちが場外へ消え、フィールドには静寂が戻った。
残されたのは、泥にまみれた俺たち5人と、無傷の王者・ライオネルただ一人。
孤立した王者は、ゆっくりと俺たちを見渡した。
その瞳から「余裕」という名の仮面が剥がれ落ち、代わりに底知れない『激情』が渦巻いている。
「……底辺の分際で」
ライオネルの全身から、黄金の光が噴き出した。
「私の庭を汚した罪……万死に値する」
ズオオオオオオオッ!!
「なっ!?」
黄金のオーラが、暴風となってフィールドを吹き荒れる。
俺たちが作り出した『泥仕合』の環境――舞い上がっていた土煙も、泥濘みも、瓦礫も、その圧倒的なエネルギー量だけで吹き飛ばされ、リセットされていく。
「(……これが、Sランクの全力か)」
俺は腕で顔を覆いながら、歯を食いしばった。
小細工が通じない。環境利用などという次元を超えた、純粋な『個の暴力』。
「消えろ」
ライオネルが剣を一閃させる。
「きゃぁっ!」
リゼッタが背後に回ろうとするが、振り返りもせずに放たれた裏拳で吹き飛ばされる。
「くっ!」
ルナリアの魔法が、黄金のオーラに触れただけで霧散する。
再び、手も足も出ない絶望的な状況へ逆戻りした。
だが、俺の『監督の視点』は、死の淵で冷静に王者の動きを解析し続けていた。
(……観察しろ。あいつの思考回路を)
ライオネルは無駄な動きを一切しない。
攻撃には最短距離で反撃。魔法には最小限の出力で相殺。
感情的になっているようで、その戦闘行動は冷徹なまでに合理的だ。
彼は常に、**「最も効率的で、リスクのない選択(最適解)」**を選び続けている。
俺の中に、一つの仮説が浮かび上がった。
(……そうか。あいつは『ミスをしない』んじゃない。『正解』しか選べないんだ)
『正解』が決まっているなら、それは**「未来が決まっている(予測可能)」**ということだ。
勝機は、そこにある。
あいつに『計算外のエラー』をぶつけて、思考をフリーズさせる。
その一瞬しか、隙はない。
俺は、ボロボロのメンバー全員に、最後の『念話』を送った。
『……全員、死ぬ気でいけ』
あまりに非情な采配。
だが、俺は続けた。
『自分を捨て石にしろ。次の走者に繋ぐんだ』
一瞬の静寂。
返ってきたのは、悲鳴でも拒絶でもなかった。
『了解!』
『任せてください!』
『……フン、人使いの荒い監督やな』
『へっ、最後は「4番」に回せってか?』
リゼッタ、ルナリア、ミーナ、ガルム。
全員が、ニヤリと笑っていた。
俺たちはもう、言葉がなくても通じ合える『チーム』になっていた。
「行くぞ!!」
俺の号令と共に、最後の攻撃が始まった。
1番、ルナリア。
「目を、開けていられますか!」
ルナリアは攻撃魔法を使わなかった。残った全魔力を『光』に変換し、至近距離で炸裂させる。
『閃光』。
視界を奪う目くらまし。だが、ライオネルは目を閉じなかった。
(視界封じか。ならば魔力感知で対応する)
彼は『最適解』を選び、正確に次の敵を捉える。
2番、リゼッタ。
「(見えてなくても、当たる!)」
リゼッタが突っ込む。ライオネルは、魔力感知で捉えたリゼッタの急所へ、正確無比に剣を突き出す。
回避不能のタイミング。
だが、リゼッタは避けなかった。
「えいっ!」
ドスッ!
「が、ぁ……!」
リゼッタは自ら剣の軌道に体を投げ出し、剣の腹を蹴った。
命がけの接触。その衝撃で、剣の軌道が1ミリだけずれる。
リゼッタはそのまま壁に激突し、脱落。
3番、ミーナ。
「(もらったで!)」
軌道が1ミリずれた剣に対し、ミーナが飛び込む。
彼女が差し出したのは、盾ではない。
すでに壊れた『巨人の防壁』を装着した、自分の左腕だ。
「(ウチの腕一本くらい、くれてやるわ!)」
ズボォッ!!
「ぐ、うぅぅぅっ!!」
肉を裂き、骨を砕く音。
ライオネルの剣が、ミーナの左腕をミットごと貫通する。
だが、ミーナは笑った。筋肉と魔力で、突き刺さった剣を「ロック」して離さない。
「な……?」
ライオネルの動きが、止まった。
(なぜだ? 腕を犠牲にしてまで武器を掴むなど、非合理的だ)
(回避すべき場面で突っ込んでくる? 閃光は囮か?)
彼の完璧な計算式の中に、「自己犠牲」という非合理な変数は存在しない。
さらに、リゼッタがずらした「1ミリの誤差」と、ルナリアの「魔力残滓」が、センサーを狂わせる。
【状態:思考処理落ち(システム・エラー)】
王者の時間が、コンマ数秒だけ停止する。
「(今だぁぁぁぁぁっ!!)」
4番、ガルム。
慎吾の『監督の視点』による全バフを背負い、ガルムが上空から落ちてくる。
その手にある斧は、もう刃が欠けて使い物にならない。
斬ることはできない。
だから、彼は斧を逆手に持ち替えていた。
狙うは、首ではない。
鎧の隙間でもない。
「(へっ、ここなら防げねえだろ!)」
ガルムは、斧の**柄の先端(石突き)**を、ライオネルの眉間に向けて、渾身の力で振り下ろした。
「(しまっ――!?)」
思考を取り戻したライオネルが、上を見上げる。
そこで初めて、王者の顔に「恐怖」の色が浮かんだ。
遅い。
「くたばれェェェェッ!!」
インパクトの瞬間。
視界が白く染まり、音が消えた。




