第38話:『泥仕合(マッド・ゲーム)』と『王者の動揺(イップス)』
「……タイム」
俺の声で、審判が試合を一時中断する。
ボロボロになったメンバーたちが、俺のもとに這うように集まってきた。
「か、勝てません……」
リゼッタが泣きじゃくっている。
「速すぎます、硬すぎます……! 私の『足』が、子供扱いなんて……」
「クソッ、俺の斧も刃が欠けちまった」
ガルムが悔しそうに拳を叩きつける。
「フルスイングを指一本だぞ? 次元が違いすぎる」
心が折れかけている。無理もない。
『完璧』という絶望を前に、これまでの努力が全て否定された気分だろう。
だが、俺は冷静に彼らの目を見て言った。
「正攻法の『野球』は、これで終わりだ」
「え……?」
ルナリアが顔を上げる。
俺は、フィールドの向こうで悠然と構えるライオネルたちを睨みつけた。
「相手は『完璧』だ。だからこそ、『汚れること』や『セオリー外のこと』には慣れていない」
俺は、ニヤリと笑った。
「ここからは『泥レス(マッド・ゲーム)』をやる」
「泥レス……?」
「そうだ。フィールドを荒らせ。リズムを崩せ。プライドも、綺麗なフォームも捨てろ」
俺は、具体的な指示を叩き込んだ。
「相手を、俺たちの土俵(泥沼)に引きずり込め!」
「タイム終了! 試合再開!」
審判の声と共に、ライオネルの副団長たちが動き出した。
「無駄な足掻きを。終わらせてやる」
彼らが一歩踏み出した、その瞬間。
「ルナリア! 今だ!」
「はいっ!」
ルナリアは、敵を狙わなかった。
彼女が杖を向けたのは、自分の足元の地面だ。
ドガァァァァァン!!
「なっ!?」
最大火力の爆裂魔法が、闘技場の石畳を粉砕した。
猛烈な土煙と粉塵が舞い上がり、美しい闘技場が一瞬にして視界不良の『砂嵐』に包まれる。
「煙たい! 何のつもりだ!」
「自暴自棄か!?」
副団長たちが咳き込み、視界を確保しようと動く。
「ミーナ!」
「任しとき!」
ミーナが、砕け散った『巨人の防壁』の破片――高濃度の魔力結晶を、フィールド中にばら撒いた。
「ジャミングや!」
キィィィィン……!
空間に魔力ノイズが走り、敵の魔導参謀が展開しようとした『索敵魔法』がかき消される。
「ぐっ、ノイズが……! 敵の位置が掴めん!」
綺麗な石畳は瓦礫と泥の山になり、視界は最悪。
Sランクの彼らにとって、これほど劣悪な環境で戦うことなど、あってはならないことだった。
「汚らわしい……! 下劣な真似を!」
彼らの動きに、わずかな苛立ち(ストレス)が混じる。
「へっ、お上品なこった!」
そこへ、泥まみれのガルムが突っ込んだ。
「懲りない奴め! 斧など効かんぞ!」
重装兵が盾を構える。
だが、ガルムは斧を捨てていた。
「誰が斧を使うと言ったよ!」
「!?」
ガルムは、重装兵の足元に滑り込み、泥だらけの手で相手の足を掴んだ。
そのまま強引なタックルで押し倒し、さらに兜の隙間に泥をねじ込む。
「うわっ、汚い! 離せ!」
「へへっ、綺麗な鎧が台無しだなァ!」
一方、リゼッタ対軽戦士。
「見えた!」
軽戦士が、煙の中から現れたリゼッタの動きを捉える。
彼の脳内には、リゼッタの『最適解』の回避ルートが予測されている。
(右へステップを踏み、加速するはずだ。そこを断つ!)
彼は予測地点に剣を振るう。
だが。
「おっとっと……」
リゼッタは、加速しなかった。
それどころか、自分の足をもつれさせ、無様に転ぶような動作で、予測地点の手前で倒れ込んだ。
ブンッ!
軽戦士の剣が、リゼッタの頭上を空振りする。
「なっ……転んだ!? ここで!?」
リゼッタは恐怖で震えながらも、千鳥足のようなデタラメな動きで逃げ回る。
「(こ、怖いですけど……下手くそに動けば、当たりません!)」
達人であるがゆえに、「最適な動き」を予測してしまう。
その習性が仇となり、素人以下の不規則な動き(エラー)を捉えきれない。
思うように動けないストレス。
汚される屈辱。
予測不能な動きへの困惑。
完璧だった副団長たちの歯車に、微細なズレ――**『イップス(精神的動揺)』**が生じ始めた。
俺の『視点』が、その瞬間を逃さなかった。
ステータスの数値が、ガクンと落ちる。
「(……今だ!)」
俺は叫んだ。
「狩り尽くせ!!」
「げほっ……!」
敵の魔導参謀が、砂埃に咳き込み、杖の切っ先がわずかに下がった一瞬。
「見えました!」
ルナリアの『螺旋弾』が、死角から防御壁の隙間を縫い、直撃する。
「ぐあっ!?」
吹き飛ぶ参謀。
「しまっ……!」
敵の軽戦士が、リゼッタのフェイントに釣られて体勢を崩した瞬間。
「捕まえた!」
泥の中から起き上がったガルムの剛腕が、カウンターで炸裂する。
ドゴォォォォン!!
連鎖的な崩壊。
泥だらけのピジョンズが、気取ったSランクたちを次々と場外へと押し出した。
「お、おい! うそだろ!?」
「金獅子の幹部たちが……落ちた!?」
「なんだあの泥臭い試合は!」
観客席がどよめく。
土煙が晴れていく。
フィールドに残っているのは、泥と埃にまみれ、肩で息をする俺たち5人と。
そして、無傷の王・ライオネル。
ただ一人。
「(……剥がしたぞ)」
俺は、孤立した王を指差した。
「どうだ。少しは『人間』らしいフィールドになったろ?」
ライオネルの美しかった顔から、余裕という仮面が剥がれ落ちた。
こめかみに青筋が浮かび、その瞳に、初めて明確な『激情』が宿る。
「……底辺の分際で」
ライオネルの声が、地響きのように低く唸った。
「私の庭を汚した罪……万死に値する」
「(来るぞ……!)」
俺たちは身構えた。
親衛隊は排除した。
だが、ここからが本当の地獄だ。
本気になった『最強の個』VS 満身創痍の『チーム』。
泣いても笑っても、次が最後だ。




