第37話:『想定外の完封(パーフェクト・ゲーム)』と『砕かれた翼』
王立闘技場は、数万人の熱気で沸騰していた。
貴賓席には国王の姿すらある。
この国の最強を決める『頂上決戦』。
対峙するのは、黄金の鎧を纏ったSランク王者『金獅子の騎士団』。
そして、泥臭く勝ち上がってきた俺たち『ピジョンズ』。
審判が手を挙げる。
俺の『監督の視点』が、猛烈な勢いで演算を開始した。
【対象:団長ライオネル】
【状態:慢心。防御行動の遅延予測……残り2.8秒】
相手は動かない。王者の余裕で、俺たちの出方を待っている。
ここしかない。
この数秒に、全てを賭ける。
審判の手が振り下ろされた。
「始め(プレイボール)!!」
俺は、裂帛の気合いで叫んだ。
「今だ! 行けぇぇぇぇっ!!」
作戦名『初回先頭打者ホームラン(ブリッツ・クリーク)』。
ドォン!!
リゼッタが地面を蹴る。
新調した魔導スパイクを最大出力まで加速させ、音速に近い速度で敵陣へ切り込む。
「(見えないでしょう! この速度は!)」
同時に、ルナリアが杖を突き出す。
「(穿て!)」
初手から最大火力の『螺旋弾』が、リゼッタの援護射撃として放たれる。
そして、その一瞬の隙を突き、ガルムが飛び出す。
「(へっ、首(芯)をもらったぁ!!)」
トップバランスの斧が、無防備なライオネルの首筋へと吸い込まれる。
完璧だ。
タイミング、速度、連携。どれをとっても過去最高。
俺の演算では、これで『48%』の確率で王者の喉元に届くはずだった。
だが。
「……遅いな」
ライオネルは、動かなかった。
動いたのは、彼の脇を固める『副団長』たちだった。
ガィィン!!
「えっ……!?」
リゼッタの視界が反転した。
音速で走っていたはずの彼女の前に、敵の軽戦士が「先読み」ですらなく、純粋な「反射速度」だけで回り込み、足を払ったのだ。
「きゃああっ!?」
リゼッタが無様に転がり、壁に激突する。
「出力不足だ」
ルナリアの『螺旋弾』に対し、敵の魔導参謀が、杖すら構えずに片手をかざした。
より高密度、高純度の魔力の塊が正面からぶつかり――『螺旋弾』を相殺どころか、一方的に消滅させた。
「うそ……私の魔法が、消された……?」
「(バカな……!?)」
俺は戦慄した。
データ(バルガスの記憶)には、ライオネルの情報しかなかった。
俺の計算は「対ライオネル」に特化していた。Sランクギルドの「選手層の厚さ」を見誤っていたのだ。
こいつらは全員が、単独でAランク上位に匹敵する化け物だ!
「(それでも! 俺だけは!)」
ガルムだけは、仲間が囮になった隙を抜け、ライオネルの懐に到達していた。
「届いたぁぁぁっ!!」
渾身のフルスイング。
直撃コース。
カォン……!
乾いた、軽い音が響いた。
「は……?」
ガルムの目が点になる。
ライオネルは、あくびをするかのように、左手の人差し指一本で、ガルムの巨大な斧の刃を受け止めていた。
血など一滴も出ていない。見えない『気』の膜が、指先を覆っている。
「……軽いな」
ライオネルは、退屈そうに呟いた。
「興醒めだ」
彼は、指先でガルムの斧を弾くと、腰の黄金剣に手をかけた。
「(まずい……!)」
俺の『視点』が、危険信号で真っ赤に染まる。
ライオネルが剣を抜く。
魔法もない。スキルもない。
ただの「ひと振り」。
ズガァァァァァンッ!!
「ぐ、あぁっ……!?」
その衝撃波だけで、闘技場の石畳がめくれ上がり、暴風となって俺たちを襲った。
「(ウチが止める! みんな下がれ!)」
ミーナが前に出る。
Aランク素材『巨人の核』を埋め込んだ最強の防具、『巨人の防壁』を展開し、衝撃を受け止めようとする。
だが。
バキィッ!!
「が、はっ……!」
嫌な音が響いた。
キャパシティを瞬時に超え、最強のミットに亀裂が入る。
防御は決壊した。
ドッシャァァァン!!
俺たちは全員、紙屑のように吹き飛ばされ、闘技場の壁に叩きつけられた。
「う……ぐ……」
リゼッタは気絶している。
ガルムの斧はへし折れ、ルナリアは震えて立ち上がれない。
ミーナは、砕けたミットを抱えて呻いている。
「(…………)」
俺は、霞む視界でステータス画面を見た。
【勝率予測:0.00%】
攻略の糸口が、どこにもない。
これが、Sランク。
これが、世界の壁。
「……君の戦術は、『相手がミスをする』ことや、『相手に隙がある』ことを前提にしているな」
土煙の向こうから、黄金の鎧が近づいてくる。
傷一つないライオネルが、倒れ伏す俺たちを見下ろしていた。
「だが、我々はミスをしない。全員がSランクだ」
彼は淡々と、事実だけを告げた。
「故に、君の野球は、我々には永遠に通用しない」
絶望的な宣告。
観客席も静まり返っている。あまりの実力差に、声も出ないのだ。
心も、装備も、戦術も、全て砕かれた。
「次の一撃で終わらせる。……立てるならな」
ライオネルが再び剣を構える。
俺は膝をつき、地面の砂を握りしめた。
終わりか?
ここで、ゲームセットか?
(……立て! 負けんじゃねえ!)
観客席から、微かに野次が聞こえた。バルガスだ。
俺は、顔を上げた。
俺の『監督の視点』は、まだ死んでいなかった。
俺は、ミーナの腕にある、砕けたミットを見た。
ボロボロだ。使い物にならない。
だが、俺の目には、そこに表示される『数値』が見えていた。
【解析完了:衝撃の99%を分散。……生存】
「(……まだだ)」
俺はよろめきながら、立ち上がった。
あいつら(選手)は、まだ死んでない。首の皮一枚、繋がった。
「(完璧? ……上等じゃねえか)」
俺は口元の血を拭い、審判に向かって手を挙げた。
その目は、まだ死んでいなかった。
「……タイムだ、審判」
ライオネルが、初めて怪訝そうに眉をひそめる。
俺は、絶望に沈むメンバーたちを振り返り、ニヤリと笑ってみせた。
「……『作戦変更』を伝える」




