第36話:『能力の正体(タイトル回収)』と『勝機への視界(ビジョン)』
「「「乾杯!」」」
ジョッキがぶつかり合う小気味良い音が、王都の下町にある大衆酒場『赤煉瓦亭』に響き渡った。
「くぅ〜っ! 勝利の後の酒は格別だぜ!」
ガルムが豪快にエールを飲み干し、口元の泡を拭う。
「バルガスの野郎、最後は悔しそうな顔しやがって。へへっ、いい気味だ」
「もう、ガルムさんったら。最後は仲直りしたじゃないですか」
リゼッタが笑いながら、大盛りの肉料理に目を輝かせている。
俺は苦笑して、店のガヤガヤとした喧騒を見渡した。
王都の高級店ではなく、こういう場所を選んだのは正解だった。民衆の熱気が、俺たちを「英雄」として温かく迎えてくれている。かつて「田舎者」と蔑まれた俺たちだが、今や完全に「民衆の希望」だ。
だが、明るい雰囲気とは裏腹に、メンバーの心の奥底には、隠しきれない緊張が見え隠れしていた。
明日はいよいよ決勝戦。
相手は、Sランク王者『金獅子の騎士団』だ。
その時だった。
「よう。俺に勝った連中が、シケたツラしてんじゃねえよ」
ドカッ、と空いた椅子に座り込んできたのは、包帯を巻いた大男――バルガスだった。
「バ、バルガス!?」
「うるせえ。……餞別だ」
バルガスは、ドン! と酒瓶をテーブルに置いた。
「ただ飲みに来たわけじゃねえ。……俺が以前、ライオネルと手合わせした時の『データ(記憶)』をくれてやる」
ライバルからの、思わぬ援護射撃。
酒場のテーブルは、一瞬にして深刻な『作戦会議室』へと変わった。
バルガスの証言は、絶望的なものだった。
俺はテーブルの上に広げた紙ナプキンに、団長ライオネルのステータスを書き出していく。
攻撃力:測定不能(S+)。
防御力:鉄壁(S+)。
反応速度:神速(S+)。
そして、エラー率:0.00%。
「……化け物だ」
バルガスが呻くように言った。
「俺たちの総攻撃を、あいつは盾も使わずに片手で止めやがった。隙がねえ。文字通り『完璧』だ」
俺は目を閉じ、脳内でシミュレーションを行う。
いつものように、『応援』で味方のステータスを底上げする。
ガルムの筋力を2倍に。リゼッタの速度を3倍に。
ぶつける。
弾かれる。
全滅。
何度繰り返しても、脳内に表示される予測結果は無慈悲だった。
【勝率:0.00%】
「……無理だ」
俺の手が止まる。
数値が違いすぎる。いくらバフを掛けても、基礎スペックの差が埋まらない。
「勝てるビジョンが……見えない」
俺の呟きに、場の空気が凍りついた。
リゼッタの手が震え、ルナリアが俯く。あのミーナでさえ、言葉を失っている。
「……悪い。ちょっと顔を洗ってくる」
俺は逃げるように席を立ち、店の奥にある洗面所へと向かった。
洗面所の鏡の前。
冷たい水を顔に浴びせ、顔を上げる。
鏡の中の自分は、青ざめた顔をしていた。
「(くそっ……! ここまで来て、終わりかよ)」
俺は、視界の隅に常に表示されているステータス画面を睨みつけた。
そこにある**『応援』**というスキル名。
「(応援、か……)」
俺はずっと、違和感を感じていた。
ただ数値を上げるだけの魔法なら、他にも使い手はいる。
だが、俺の『応援』は違う。
なぜ、俺のバフは『具体的な指示』を出した時だけ、効果が跳ね上がるんだ?
なぜ、俺には相手の『癖』や、数値化できない『エラー率』が見える?
なぜ、俺は戦況の『流れ』を、まるで盤上の駒のように把握できる?
「(……俺がやっていたのは、本当にただの『応援』なのか?)」
勝ちたい。
あいつらを、勝たせてやりたい。
俺が強く願った、その瞬間だった。
ザザッ……!
視界のステータス画面に、激しいノイズが走った。
『応援』の文字が歪み、崩れ落ちる。
そして、その奥から、隠されていた『真のスキル名』が浮かび上がった。
【ユニークスキル:『監督の視点』】
「(……監督の、視点……?)」
頭の中に、情報の奔流が流れ込んでくる。
このスキルの本質は、対象の能力強化ではない。
『戦況の完全な把握』と、『勝利確率を最大化する采配(最適解)の演算』。
俺は、鏡の中の自分を見て、呆然と呟いた。
「……そうか。俺はずっと、声を張り上げて『応援』してるだけだと思ってた」
違ったんだ。
俺の力は、単に数値を足し算する魔法じゃない。
選手のポテンシャルを100%引き出し、敵の0.01%の隙をこじ開けるための、『戦術眼』そのものだったんだ。
俺は、口元を拭い、ニヤリと笑った。
「どうやら俺の応援……『監督(の視点)』らしい」
席に戻った俺の目には、世界が違って見えていた。
テーブルの上の、ライオネルのデータ(バルガスの記憶)を見る。
さっきまでは「隙がない完璧な要塞」に見えていた。
だが、覚醒した『監督の視点』で見ると――無数の赤い光点が見える。
【対象:ライオネル】
【状態:慢心判定あり】
【解析:開幕3秒間のみ、防御行動の遅延予測 0.5秒】
「(……見える)」
完璧に見える王者の鎧。そのわずかな綻び。
彼が「強者」であるがゆえの、「弱者を侮る」という無意識の思考回路。
そして、脳内で再びシミュレーションを行う。
普通の攻撃じゃ弾かれる。
だが、この「3秒」に、全員の「最大火力」を、完璧なタイミングで「一点」に重ねたら?
数値が跳ね上がる。
0.00%……10%……30%……。
【リゼッタ+ガルム+ルナリアの同時攻撃による突破確率:48%】
「(五分……いや、十分だ!)」
「慎吾さん?」
戻ってきた俺の顔色が戻っていることに、ルナリアが気づく。
俺は、自信に満ちた顔で告げた。
「勝てるぞ」
「えっ……?」
全員が顔を上げる。
「ただし、チャンスは最初の一瞬だけだ」
俺はテーブルの中央を指差し、新たな作戦を提示した。
「作戦名は――**『初回先頭打者ホームラン(ブリッツ・クリーク)』**だ」
「様子見はなしだ。試合開始のゴングと同時に、全員の『最大火力(切り札)』を叩き込む」
あまりに極端な作戦に、一瞬、静寂が流れる。
「……本気ですか?」
リゼッタがごくりと喉を鳴らす。
「相手はSランクですよ? 通じなかったら……」
「根拠はあるんですか?」
「ある」
俺は即答した。
「俺が『監督』だからだ。お前らの強さを、誰よりも知ってるからだ」
スキルの詳細は語らない。
だが、その言葉に宿る確信が、メンバーの不安を吹き飛ばした。
「……へっ。ツラ構えが変わりやがった」
バルガスが、ニヤリと笑って酒を煽る。
「こいつ、本当の『化け物』はライオネルじゃなく……」
俺は立ち上がり、ジョッキを掲げた。
「ああ、相手は『完璧』な機械だ。ミスをしない」
「だが、俺たちは『人間』だ。泥臭く、失敗して、学習して、ここまで強くなった」
俺は、明日戦うべき『誇り』を言葉にした。
「完璧な『機械』に、俺たちの『野球』を見せてやろうぜ」
その言葉で、全員の瞳から迷いが消えた。
恐怖(エラー率)の数値が消滅し、『闘志』が限界突破する。
「よし!」
ガルムが立ち上がり、手を差し出す。
リゼッタが、ルナリアが、ミーナが、そして俺が、その上に手を重ねる。
円陣。
言葉はいらない。
「「「行くぞ! ピジョンズ!!」」」
決意の叫びが、夜の酒場に熱く響き渡った。
翌朝。
王都の空が白み始め、朝日が『王立闘技場』の巨大なシルエットを浮かび上がらせる。
静まり返った入場ゲートの前。
真新しい装備に身を包んだ5人の影が並ぶ。
俺は『監督の視点』で、フィールドへの通路を見据えた。
そこには、確かな『勝利への道筋』が見えている。
「(さあ……)」
俺は帽子を目深に被り直し、一歩を踏み出した。
「(プレイボールだ)」




