第34話:『盗まれた作戦(サイン・スティーリング)』と『偽装工作(ダミー・サイン)』
『王国選抜対抗戦』、準々決勝。
王立闘技場のフィールドに立った俺たち『ピジョンズ』は、かつてない気味の悪さを感じていた。
対戦相手は、王都の頭脳派ギルド『静寂の観測者』。
全員が目元を隠すフードや仮面をつけ、武器も目立ったものを持っていない。
だが、彼らはここまで、相手の攻撃を「予知」したかのような回避とカウンターだけで勝ち上がってきた不気味なチームだ。
「……始め!」
審判の声と同時に、俺は『監督(の視点)』で指示を出した。
『(リゼッタ、右から回り込め! 敵の死角を突くぞ!)』
「はいっ!」
リゼッタが右へ走り出す。
その、直前だった。
敵の陣形が、リゼッタが動くよりも早く右側に展開し、完璧な「網」を張っていたのだ。
「えっ!? 先回りされてる!?」
リゼッタが急ブレーキをかける。そこへ、待ち構えていたかのような魔法のカウンターが飛んでくる。
「くそっ! なら速攻だ!」
俺は思考を切り替える。
『(ガルム! 正面からこじ開けろ!)』
「おうよ!」
ガルムが斧を構えて踏み込む。
だが、敵の前衛は、ガルムが斧を振り上げる前に、すでに「衝撃分散」の構えを取り、さらにガルムの足元へ拘束魔法を設置していた。
「な、なんでバレてんだ!?」
ガルムがたたらを踏む。
全ての行動が筒抜けだ。ジャンケンで、後出しをされ続けているような絶望感。
「まるで未来が見えているようです! ピジョンズの手が完全に読まれています!」
パティの実況が響く。観客席もざわつき始めた。
「おいおい、田舎の奇跡もここまでか?」
俺は冷や汗を拭いながら、敵の動きを観察した。
(予知能力? ……いや、違う)
俺が「迷って指示を出さなかった時」は、敵も動かない。
敵が動くのは、俺が『指示』を決定し、メンバーに『念話』を送った瞬間だ。
俺は、敵リーダーの耳元で微かに光る、風の精霊石に気づいた。
あれは、広範囲の音や波長を拾うための魔導具。
(……なるほど。俺の声(指示)が聞こえているのか)
野球において最も卑劣とされる禁じ手。
『サイン盗み』。
彼らは、俺からメンバーへの魔力通信(念話)をリアルタイムで傍受(盗聴)し、即座に対応していたのだ。
(ふざけた真似を……!)
指示を出せば読まれる。出さなければ連携が取れない。完全に詰んでいる状況だ。
敵リーダーが、仮面の下でニヤリと笑ったのが見えた気がした。
『無駄ですよ、監督さん。あなたの思考は全て聞こえています』
俺は深呼吸をして、沸き立つ怒りを抑え込んだ。
(……聞こえている、だと?)
俺はニヤリと笑い返した。
(なら、盛大に騙されてもらおうか)
俺は、扇の要であるミーナに視線を送った。
ミーナと目が合う。
俺は帽子のつばを触り、次に胸元、そして左肩を叩いた。
野球における**『ブロックサイン』。
事前に決めておいた、「この動作の後の指示は全てウソ(ダミー)**だ」という合図。
ミーナの目がわずかに細められた。
(……なるほどな。性格の悪いこっちゃ)
彼女は小さく頷き、アイコンタクトだけでリゼッタとガルムに「作戦変更」を伝播させた。
長年チームを組んできた彼らの阿吽の呼吸が、ここでは武器になる。
準備は整った。
俺は、あえて最大出力の『念話』を飛ばした。
『(ガルム! 全力で正面突破だ! 防御は捨てて突っ込め!!)』
敵チームが一斉に反応する。
『(来たぞ! 正面だ! 全員で迎撃せよ!)』
『(バカな監督だ! ヤケクソになったか!)』
敵の全戦力が、正面のガルム一点に集中する。
防御魔法、カウンターの罠、全てが正面に展開された。
「うおおおおおおっ!!」
ガルムが雄叫びを上げて突っ込む。
敵が構える。
その瞬間。
ガルムは、敵の鼻先でピタリと急停止した。
「……へっ。バーカ」
「なっ!?」
敵リーダーが驚愕する。
正面に気を取られすぎた彼らの、手薄になった側面と背後。
そこには、音もなく回り込んでいたリゼッタとルナリアがいた。
「お留守ですよ!」
リゼッタのドロップキックが、無防備な側頭部に突き刺さる。
「チェックメイトです」
ルナリアのゼロ距離射撃が、背後から炸裂する。
「ぐあああああっ!?」
「な、なんで……!? 指示は正面だったはずだろ!?」
混乱する敵チーム。
陣形が崩壊し、ただの烏合の衆となった彼らに、もはや勝ち目はない。
「データ(盗んだ情報)を過信したな」
俺は、崩れ落ちる敵を見下ろして言った。
「今の指示は『釣り(フェイク)』だ」
「く、そ……!」
敵リーダーが這いつくばる。
その目の前に、ガルムが仁王立ちした。
「おい、盗み聞きは趣味が悪ぃぞ」
ガルムは、巨大な斧ではなく、デコピンの構えをした。
「……退場だ」
パチーン!!
強烈なデコピン一発。
敵リーダーは錐揉み回転しながら場外へと弾き飛ばされた。
「試合終了! 勝者、ピジョンズ!!」
大歓声がドームを揺らす。
「すげぇ! 完全に裏をかいたぞ!」
「『嘘』で敵を操りやがった!」
パティが興奮して叫ぶ。
「ピジョンズ、見事な情報戦勝利! 盗聴(サイン盗み)を逆手に取った、鮮やかな『偽装工作』です!!」
俺たちはハイタッチを交わし、フィールドを後にした。
準々決勝突破。ベスト4進出だ。
通路のモニターに、更新されたトーナメント表が表示されている。
準決勝。
俺たちの次の対戦相手の欄には、こう記されていた。
【VS アイアン・ブルズ】
「……いよいよだな」
俺が呟くと、ガルムがニヤリと笑った。
視線の先、ウォーミングアップエリアには、巨大な斧を担いだバルガスが待っていた。
目が合う。
彼は不敵に笑い、親指で自分の首を掻き切るジェスチャーをした。
『(待ってたぜ)』
もはや言葉はいらない。
地方リーグからの因縁。そして、共に王都まで這い上がってきた好敵手。
俺たちの『シーズン』は、最高潮を迎えようとしていた。




