第33話:『猛牛の学習(IDベースボール)』と『暴走列車(ラン・エンド・ヒット)』
「慎吾監督ーっ! ここ、ここです! 特等席取っときましたよ!」
翌日の王立闘技場。
観客席の一角で、パティが手をブンブンと振っていた。
俺たち『ピジョンズ』は、彼女の隣に座り、次の試合を視察することにした。
フィールドに立つのは、別ブロックの第1回戦――バルガス率いる『アイアン・ブルズ』だ。
「しかし監督、これは『最悪の相性』ですよ」
パティが、手元の資料を指差して解説する。
「相手は北の幻術使い集団『幻影の霧』。霧や分身を使って物理攻撃を空振りさせる、いやらし~い『撹乱型』チームです」
「……なるほどな」
俺は頷いた。
「バルガスみたいな『脳筋』には、一番相性が悪い天敵ってわけか」
観客席からも、バルガスの苦戦を予想する声が聞こえてくる。
「バルガスの旦那も不運だな」
「また幻影に斧を振り回して、自滅(ガス欠)コースか?」
試合開始の合図と共に、フィールドは濃い霧に包まれた。
無数の敵の分身が現れ、バルガスたちを取り囲む。
「ヒャハハ! どこを見ている! こっちだ!」
「いや、こっちだぞデカブツ!」
四方八方からの嘲笑。
以前のバルガスなら、間違いなく顔を真っ赤にして、「うるせえええ!」と手当たり次第に斧を振り回していただろう。
だが。
「…………待て(ステイ)」
霧の中心で、バルガスは静かに佇んでいた。
斧を構えたまま、微動だにしない。
それどころか、いつもなら我先に突っ込む部下たちにも、待機を命じている。
「えっ……? バルガス選手、動きません!」
パティがペンを止める。
「ど、どうしちゃったんですか!? 故障ですか!?」
「いや、違う」
俺は、バルガスの目を見た。
彼は目を閉じ、視覚情報(幻影)を遮断して、敵の魔力(気配)だけに神経を集中させている。
「(あいつ……『ボール球(幻影)』には手を出さないつもりか?)」
俺との戦いで学んだ教訓。
『当たらない攻撃は無意味』。
今の彼は、ストライク(実体)が来るまでじっと待つ『選球眼』を持っていた。
「チッ……気味が悪いな!」
挑発に乗らないバルガスに痺れを切らし、敵リーダーが動いた。
「なら、こっちから行くぞ! 総攻撃だ!」
無数の分身と共に、実体を含めた波状攻撃が『アイアン・ブルズ』に襲いかかる。
その瞬間。
バルガスがカッ! と目を見開いた。
「今だ! 走れ(ゴー)!!」
「おおおおおおっ!!」
バルガスの号令と共に、待機していた部下たちが一斉に走り出した。
だが、逃げるのではない。敵の攻撃に向かって突っ込んだのだ。
ドガッ! ズドン!
「ぐぁっ!」
部下たちは、敵の攻撃を盾と鎧で受け止めた。
ダメージはある。だが、彼らは後退しない。むしろ、攻撃してきた敵の腕をガシッ! と掴んで離さない。
「な、なんだお前ら!? 離せ!」
「捕まえたぞ……! こいつは『実体』だ!」
部下たちが、肉を切らせて骨を断つ特攻で、幻影の中に隠れていた『実体』を完全にロック(拘束)したのだ。
「(『ヒット・エンド・ラン』……いや、犠牲を恐れない『ラン・エンド・ヒット』か!)」
俺は戦慄した。
部下を『走者』に見立て、敵の守備(幻影)を崩し、強引に好機を作る。
なんという荒っぽい、だが効果的な連携だ。
「よくやった野郎ども! 頭下げろォ!!」
バルガスが、捕まった敵リーダーの目の前に躍り出る。
逃げ場はない。
「見つけたぜ、ド真ん中!」
バルガスの剛腕が唸る。
小細工なし。回避不能の距離からの、渾身の『フルスイング』。
ドゴォォォォン!!
「ぎゃあああああああ!?」
物理防御など紙切れ同然。
敵リーダーは、防御魔法ごと、フィールドの壁まで一直線に吹き飛ばされ、めり込んだ。
霧が晴れると同時に、勝負は決していた。
「す、すげぇえええええ!!」
「一撃だ! 霧ごと吹き飛ばしやがった!」
「アイアン・ブルズ! アイアン・ブルズ!」
大歓声。
パティが興奮して立ち上がり、猛烈な勢いでメモを取る。
「『猛牛』が『知性』を手に入れました! 耐えて、罠にかけて、粉砕する! これぞ『パワー』と『戦術』の悪魔合体ですぅ!」
フィールドの中央。
バルガスは、歓声に応えることもなく、真っ直ぐに俺たちのいる観客席を指差した。
「見たか、慎吾! これが俺たちの『学習(ID野球)』だ!」
彼の声が、ドームに響き渡る。
「次はてめえらだ! 首洗って待ってろ!」
宣戦布告。
ガルムがニヤリと笑って立ち上がり、拳を掲げて応える。
「上等だ! 返り討ちにしてやるよ!」
俺は苦笑しながら、冷や汗を拭った。
「(参ったな……。俺たちの模倣じゃない。自分たちの強み(パワー)を活かした『オリジナル』に昇華してやがる)」
ただの暴君は、もういない。
そこにいるのは、知恵と牙を併せ持った、真の『強敵』だった。
その熱狂を、遥か上空の貴賓席から見下ろす男がいた。
Sランク王者、ライオネル。
彼は、欠伸を噛み殺しながら、ワイングラスを傾けた。
「……少しは退屈しのぎになりそうだな」
役者は揃った。
全国大会は、波乱の予感を孕みながら、熱を帯びていく。




