第32話:『流体障壁(ウォーター・スクリーン)』と『回転数(スピン・レート)』
「「「引っ込め田舎者ー!!」」」
「「「海竜団! 海竜団!」」」
審判代わりの号砲が鳴り響いた瞬間、王立闘技場は耳をつんざくような罵声と歓声に二分された。
もちろん、罵声は俺たち『ピジョンズ』に向けられたものだ。
「やりにくいですね……」
ルナリアが、全方位から降り注ぐ敵意に肩をすくめる。
完全アウェイ。だが、俺はフィールドの向こう側に立つ敵を見据えた。
西の強豪『海竜団』。
リーダーのネレウスが、優雅な手つきで杖を掲げる。
「野蛮な物理攻撃しか能がない田舎のネズミたちよ……。我らの『水』に溺れるがいい」
「魔法――『大瀑布』!」
ドオオオオオオッ!!
闘技場の地面から、突如として大量の水が噴出した。
フィールド全体があっという間に泥沼化し、さらに敵陣の周囲には、高さ数メートルにも及ぶ巨大な『水の壁』が出現した。
「ちぃっ! 水遊びかよ!」
ガルムが水しぶきを上げながら突っ込む。
「へっ、こんな壁、俺の斧で……!」
バォン!!
「ぐ、おぉっ!?」
ガルムの剛腕から繰り出された斧が、水壁に触れた瞬間、その威力を吸い取られるように止まった。
硬い壁に弾かれたのではない。水の『粘性』と激しい『流動』に、運動エネルギーを全て吸収・分散されたのだ。
「くそっ、重ぇ! 斧が抜けねえ!」
ガルムが必死に斧を引き剥がし、バックステップで距離を取る。
「フン。無駄だ」
ネレウスが嘲笑う。
「我々の『流体防御』は、あらゆる衝撃を包み込み、無効化する。リーグNo.1の『防御率』を破れるものか」
「「「うおおおおおっ! 見たか!」」」
「「「ざまあみろ! 物理攻撃なんて効くかよ!」」」
観客席のボルテージが最高潮に達する。アウェイの空気が、さらに重くのしかかる。
「(足元も最悪だ……!)」
泥濘んだ地面は、踏ん張りを効かせる俺たちの機動力を奪おうとしていた。
「キャハハ! 死ねぇ!」
海竜団の後衛から、高圧の水鉄砲が放たれる。
標的は、一番小柄なリゼッタ。
「きゃっ!?」
リゼッタの足元は泥だらけだ。誰もが彼女が足を滑らせて『エラー(被弾)』することを確信した。
だが。
「……あれ?」
リゼッタの足元が、カッ! と淡く発光した。
新装備――魔導スパイク付きブーツ。
「(滑らない……!)」
リゼッタは、泥の上どころか、水たまりの表面すら『グリップ』していた。
「(慎吾さんがくれた靴なら……水の上だって走れる!)」
ババババッ!
リゼッタはアメンボのように水面を高速移動し、迫り来る水弾を華麗に回避した。
「なっ、なんだあの動きは!?」
観客席がざわつく。
「(よし、足場はクリアだ)」
俺は頷いた。
「(問題は、あの『壁』だな)」
俺は『監督(の視点)』で、ガルムの攻撃が止められた原因を解析する。
水壁は、叩きつける(インパクト)瞬間に硬度を増し、同時に流動して力を逃している。
『点』や『面』の衝撃では、あの壁は壊せない。
「(水を『叩く』んじゃない。『切る』んだ)」
必要なのは、水の表面張力と流動そのものを断ち切る、鋭利な一撃。
俺は、大声で指示を飛ばした。
「ルナリア! 『3割』でも『5割』でもない! 今必要なのは『回転数』だ!」
「回転……!?」
「弾丸じゃない! ドリルをイメージしろ! 渦を作れ!」
そして、斧を構え直すガルムへ。
「ガルム! 『大振り(フルスイング)』禁止だ! 斧を『寝かせろ』!」
「あぁ!? 寝かせてどうすんだ!」
「水を叩くな! 水平に『薙ぎ払え』!」
二人は一瞬顔を見合わせたが、すぐに不敵に笑った。
「「了解!」」
「無駄な足掻きを!」
ネレウスが水壁をさらに厚くする。
「いきます……!」
ルナリアが杖を構える。
放たれたのは、直線の魔力弾ではない。螺旋状の魔力を纏い、きりもみ回転する特殊弾。
「『螺旋弾』!」
ギュルルルルルッ!!
高速回転する魔力弾が水壁に着弾する。
弾かれない。
ドリルが板を貫くように、凄まじい回転が水を弾き飛ばし、一瞬にして水壁に空洞――『風穴』を穿った。
「なっ、穴が!?」
ネレウスが驚愕する。
「そこだ! ガルム!」
「へっ、もらったぁ!」
ガルムが、その風穴へ飛び込んだ。
いつものように上段から振り下ろすのではない。
斧を水平に構え、腰の回転だけで鋭く振り抜く。
野球で言う**『レベルスイング』**。
ボールの軌道に合わせ、『点』ではなく『線』で捉える打撃。
「らぁぁぁっ!」
ザンッ!!
打撃音ではない。
巨大な水塊を、鋭利な刃物が切り裂く音が闘技場に響いた。
トップバランスの斧は、水の抵抗を受けることなく水平に走り――その奥にいたネレウスの杖ごと、彼を真横に吹き飛ばした。
「が、はっ……!?」
ドッシャァァァン!!
術者を失った魔法が解除され、巨大な水壁が一気に崩壊し、ただの水たまりとなって消えた。
「…………」
「…………」
静寂。
さっきまで罵声を浴びせていた数万人の観客が、一瞬にして静まり返っていた。
あまりに鮮やかな、一瞬の逆転劇。
ブーイングを飲み込むほどの『実力』を見せつけられ、言葉を失ったのだ。
「……勝者、ピジョンズ!」
審判のコールが、虚しく響くほど静かだった。
「へっ」
ガルムが、濡れた斧を振って水を払い、肩に担いだ。
そして、シーンと静まり返った観客席を見上げ、ニヤリと笑った。
「……静かになりやがって」
それは、アウェイの空気を実力でねじ伏せた、最高の『静寂』だった。
観客席の一角。
腕を組んで見ていたバルガスが、口元を緩めた。
「(……やりやがったな。回転で水を制すとは)」
そして、貴賓席。
黄金の鎧を纏ったライオネルが、頬杖をついたまま、わずかに目を細めた。
「(……『回転』か。力任せの猿かと思ったが……少しは頭を使うようだな)」
俺たちは、沈黙する数万人の視線を背中に浴びながら、堂々とフィールドを後にした。
初戦突破。
王都への挨拶代わりには、十分すぎる一勝だった。




