第27話:『迷宮の審判(アンパイア)』と『フレーミング(キャッチング)』
『磁力迷宮』の最深部。
俺たちが辿り着いたのは、壁一面に巨大な磁力コイルが回転する、ドーム状の広間だった。
その中心に、ソレは鎮座していた。
鉱石と磁力部品で構成された、巨大な浮遊する機械人形。
『迷宮の審判者』。
このダンジョンを支配する、理不尽な『ルールブック』だ。
「(……来るぞ!)」
俺の声と同時に、ボスの頭部のアンテナが赤く発光した。
ブォン!
「ぐっ……!?」
回避しようとしたリゼッタの足元の空間が、突如として赤く染まる。
とてつもない重力が発生し、リゼッタの動きを封じた。
「リゼッタ!」
ガルムが助けに入ろうと、斧を振り上げる。
すると今度は、ボスの周囲が青く発光した。
バチィン!!
「なっ、弾かれ……!?」
ガルムの剛腕から繰り出された斧が、見えない壁(斥力)に衝突し、逆にガルム自身が吹き飛ばされた。
「(……デタラメやな)」
ミーナが脂汗を流しながら、防御結界を展開する。
「『赤』の領域は超重力。『青』の領域は超反発。しかも、予備動作なしでランダムに切り替えてきよる」
俺は、ボスの動きを『視点』で凝視した。
いや、ランダムじゃない。
こちらの攻撃が当たる瞬間だけ『青(無敵)』を展開し、こちらが回避したい場所に『赤(重り)』を置いている。
「(まるで、気分で判定を変えるクソ審判だ……!)」
俺たちが攻めあぐねていると、後方から金属音が響いた。
「はぁ……はぁ……! 追いついたぞ、観光客ども!」
ゴードン率いる『鋼鉄の城壁』だ。
だが、彼らは広間に入った瞬間、絶望的な声を上げた。
「ぐ、動け……ねえ……!」
部屋全体に満ちる磁気嵐が、彼らの全身鎧を床に縫い付けていた。彼らはそこで、ただの観客席の客になるしかなかった。
「な、なんだあのデタラメな化け物は……! あんなの、どうやって攻略するんだ!?」
ゴードンの悲鳴が聞こえる。
確かに、まともにやり合えば勝機はない。
だが、俺は『監督』として、ボスの『癖』を見抜いていた。
「(……ボスは領域を展開する直前、頭部のアンテナから『磁気波長』を出して、空間の座標を定義している)」
俺は、隣で結界を張るミーナを見た。
「ミーナ。新装備の機能、試すぞ」
「あ? 吸収ならさっきからやっとるけど、追いつかへんで」
「違う。『吸う』んじゃない」
俺は、ボスの頭部を指差した。
「ボスの放つ『波長』を掴んで、少しだけ『ズラせ』」
「……はあ?」
「あの『クソ審判』の目を欺くんだ。お前の技術でな」
ミーナは一瞬きょとんとしたが、すぐにニヤリと笑った。
「……なるほどな。性根の腐った作戦や」
俺は全員に指示を出した。
「ガルム、突っ込め!」
「おいおい、また弾かれるぜ!?」
「構わん! 俺とミーナを信じて、ど真ん中を振り抜け!」
ガルムは、一瞬の躊躇の後、「へっ、知らねえぞ!」と咆哮し、ボスへ向かって特攻した。
ボスが反応する。
頭部のアンテナが光り、ガルムの目の前に『青(絶対防御)』を展開しようとする波長が放たれた。
このままでは、ガルムは再び弾き飛ばされる。
「(今だ、ミーナ!)」
「(……ここや!)」
ミーナが前に出る。
左腕の『巨人の防壁』を展開。
だが、波長を正面から受け止めない。
手首を柔らかく返し、ミットの角度をわずかに変え、飛来した磁気波長を『歪曲』させた。
野球用語で言う**『フレーミング』**。
際どいボール球を、捕球の技術でストライクに見せる、審判を味方につける高等技術。
ミーナは、ボスの『空間指定信号』を、ミットの中で微細にズラし、ボス自身のセンサーに誤認させた。
『青(防御)ヲ、展開――エラー。座標ズレ。キャンセル』
ボスの思考回路が一瞬フリーズする。
ガルムの目の前に展開されるはずだった『青い壁』が、発生しなかった。
「(!?)」
ボスの単眼が、驚愕に見開かれたように見えた。
「『判定』は覆った!」
俺は叫んだ。
「いけぇっ! ガルム!」
「(壁が……ねえ!)」
ガルムの目の前には、無防備なボスの『核』だけが晒されていた。
「へっ、ど真ん中だぜ!!」
トップバランスに調整された凶悪な斧が、唸りを上げて振り抜かれた。
ガァァァァァンッ!!
轟音。
ボスの装甲ごと、核が粉砕される。
赤と青の光が明滅し、やがて完全に消灯した。
「(……勝った)」
ダンジョンを満たしていた磁力が霧散していく。
俺たちが息を整えていると、背後からガシャン、ガシャンと金属音が近づいてきた。
ゴードンだ。
彼は兜を脱ぎ、信じられないものを見る目で俺たちを見ていた。
「あんな理不尽なデタラメを……力押しじゃなく、装備と技術だけで……」
彼は、悔しそうに唇を噛んだ後、深々と俺たちに頭を下げた。
「……完敗だ。あんたらが『本物』だ」
「(ふふっ)」
リゼッタたちが誇らしげに胸を張る。
地元のトップチームに認められ、俺たちの『遠征』は最高の形で幕を閉じた。
だが、俺たちは気づいていなかった。
その光景を、遠く離れた場所から観察する『影』があったことを。
崩れゆくダンジョンの入り口付近。
フードを目深に被った人影が、手元の『報告書』にペンを走らせていた。
「……報告通り、いや、それ以上ですね」
影の視線は、巨大な斧を担ぐガルムと、左腕をさするミーナに向けられている。
「あの『4番』の破壊力。そして、あの『捕手』の技術。……Eランクの田舎チームに埋もれさせておくには、あまりに惜しい」
影は、ニヤリと笑った。
その胸元には、王都のSランクギルド『金獅子の騎士団』の紋章が刻まれている。
「ウチの『資金力』なら、彼らを幾らでも引き抜ける」
そして、影の視線は最後に、指示を出して歩く俺に向けられた。
「……それに、あの『監督(指揮官)』。彼の手腕も……興味深い。上の連中が欲しがるわけだ」
影は、報告書を懐にしまうと、闇に溶けるように姿を消した。
「すぐに『交渉』の準備を始めましょうか」




