第26話:『遠征(ビジター)』の洗礼と『地元枠(フランチャイズ・プレイヤー)』
鉄と煤の匂いが鼻をつく。
空は工場からの排煙で鉛色に曇り、道行く人々の表情もどこか硬い。
俺たち『ピジョンズ』が降り立ったのは、隣領の鉱山都市『アイアン・サイド』。
自然豊かな俺たちの拠点とは真逆の、重厚で無骨な街だ。
「……ジロジロ見られとるな」
ミーナが不快そうに呟く。
街の冒険者たちは、俺たち『よそ者』を、値踏みするような冷ややかな視線で見つめていた。
「ここ『アイアン・サイド』は、鉱山資源が豊富で、強力な金属防具の産地なんです!」
同行したパティが、メモ帳を片手に解説する。
「だから、この街の『主流』は『重装歩兵』や『重戦士』! 『防御こそ正義』、ガチガチに固めたスタイルが人気なんですよ」
なるほど。
通りを歩く冒険者は皆、歩く要塞のような全身鎧や、巨大な盾を背負っている。
対して、装備を極限まで軽量化したガルムや、流線型の軽鎧のリゼッタは、この街では『異端』に見えるわけだ。
「ようこそ、遠路はるばる。……と言いたいところだが」
ギルド支部の応接室。支部長は、疲れた顔で眉間を揉んでいた。
今回の『緊急救援要請(SOS)』の内容は、鉱山の最奥部から突如出現した『磁力迷宮』の攻略。
強力な磁場が発生しており、調査隊がまともに動けず撤退したらしい。
「悪いが、期待はしていない」
ドカッ、と乱暴な音がして、応接室の扉が開いた。
入ってきたのは、一際巨大な全身鎧に身を包んだ巨漢と、同じく重装備で固めた男たち。
地元のトップパーティ『鋼鉄の城壁』だ。
リーダーのゴードンが、俺たちを見下ろして鼻で笑った。
「おいおい、支部長。SOSを出したってのは、こんな軽装の『観光客』のためか?」
ゴードンは、上半身がほぼ剥き出し(軽量化)のガルムと、細身のリゼッタを指差した。
「防御を捨てた紙装甲が。ここのダンジョンの『重圧』に耐えられるかよ。怪我しないうちに田舎に帰んな、お嬢ちゃんたち」
「あぁ?」
ガルムがこめかみに青筋を浮かべて前に出る。
「俺の『守備』は、コイツ(ミーナ)がいるから要らねえんだよ。鉄屑着込んで安心してるビビリが、偉そうな口叩くんじゃねえ」
「なんだと……?」
ゴードンたちが色めき立つ。一触重発の空気。
俺は、ガルムの肩に手を置いた。
「(安い挑発に乗るな。試合で見返せ)」
「……チッ」
俺はゴードンに向き直り、静かに告げた。
「『観光』かどうかは、ダンジョンで証明させてもらう」
『磁力迷宮』の入り口。
俺たちと『鋼鉄の城壁』は、どちらが先に最深部の原因を排除するか、競う形で突入することになった。
「ハン、足手まといにはなるなよ!」
ゴードンたちが先に足を踏み入れる。
その瞬間だった。
グンッ……!
「ぐぬっ……!?」
「お、重い……!」
ダンジョン内に充満する強烈な『磁力』が、彼らの全身鎧に牙を剥いた。
壁や床が強力な磁石となっており、鉄の塊である彼らの装備を強烈に吸い寄せたのだ。
「(……なるほど。『アウェイの洗礼』ってやつか)」
俺は冷静に分析する。
この街の常識である『重装備』が、このダンジョンでは致命的な『枷』になる。
「くそっ……! だが、この程度の負荷、俺たちの筋力ならァ!!」
ゴードンたちは、顔を真っ赤にして、無理やり力ずくで足を前に進めていく。流石は地元のトップ、パワーだけなら相当なものだ。
だが。
「……あれ? なんともないですね」
リゼッタが、不思議そうに呟いた。
彼女は、ぴょんぴょんとその場で跳ねて見せる。
ガルムも、斧を軽く回している。
「へっ、なんだこりゃ。拍子抜けだぜ」
俺たち『ピジョンズ』は、涼しい顔で突っ立っていた。
理由は明白だ。
リゼッタの新装備は『魔導素材』と革がメインで、金属をほとんど使っていない。
ガルムは『攻撃特化』のために防具を捨て、金属部分を極限まで減らしている。
ルナリアの杖は木製ベース。
そしてミーナは――
「ウチの『巨人の防壁』は、Aランク素材の核や。こんなBランク級の磁場、反発力で中和できるわ」
左腕のガントレットが淡く光り、周囲の磁力の影響を無効化していた。
「(装備の更新が、完全にハマったな)」
俺はニヤリと笑った。
「ガアアアアッ!」
通路の奥から、磁力を帯びた岩石の怪物『マグネ・ゴーレム』の群れが現れた。
「くそっ! 盾が……盾が持ってかれる!」
先行していたゴードンたちが悲鳴を上げる。
磁力でゴーレムに吸い寄せられたり、あるいは壁に盾が張り付いたりして、防御の要である『重装備』が機能不全を起こしている。防戦一方だ。
「おい、どきな」
ガルムが、動けないゴードンたちの横を風のように追い抜いた。
「なっ……!?」
「へっ、止まって見えるぜ!」
磁力の影響を受けないガルムにとって、磁力に縛られたゴーレムの動きはスローモーション同然だった。
トップバランスに調整された斧が一閃。
硬い岩の装甲ごと、ゴーレムを豆腐のように粉砕した。
「リゼッタ!」
「はいっ!」
リゼッタは、磁力など関係ないとばかりに、壁や天井をスパイクで駆け回り、ゴーレムの背後から急所を突く。
「ルナリア!」
「逃しません!」
ルナリアの『照準器』付きの魔法が、正確無比に敵の核を撃ち抜く。
一瞬でゴーレムの群れは瓦礫の山と化した。
「な、なんだあいつらは……!?」
ゴードンが、信じられないものを見る目で俺たちを見上げている。
「この『環境』で、なぜあんなに動ける!?」
俺は、呆然とする彼らの横を通り過ぎざまに言った。
「『球場』が変われば、『戦い方』も変わる」
俺は、先へ進むようメンバーに指示を出した。
「環境に適応できないチームに、勝利はない」
俺たちは、完全に沈黙した『鋼鉄の城壁』を置き去りにして、迷宮の奥へと足を進めた。
だが、俺の『監督の視点』は、このダンジョンの最深部に漂う、単なる磁力ではない、もっと異質な『ルール』の気配を感じ取っていた。




