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第2話:闘技場(スタジアム)と査定(データ)の街

「はぁ、はぁ……」

オークが光の粒となって消えると、リゼッタを包んでいた光も霧散した。凄まじい疲労感が全身を襲い、彼女はその場にへたり込んだ。

「な、なんだったんですか、今の……?」

「わ、分からない……」

慎吾も混乱していた。

(俺の「応援」が、本当にバフになった……? しかも、彼女の「エラーが多い」っていう印象データまで、なんとなく見えた……)

「……あなたの、おかげです」リゼッタは剣を杖代わりに、ふらつきながら立ち上がった。「あの奇妙なチャンテと叫び声……一体何なんですか?」

「あ、あれは『首都ピジョンズ』のチャンステーマで……」

「ピジョンズ?」

二人が戸惑っていると、茂みがガサガサと激しく揺れた。

「オーク!? まだいたのか!」

「スクープ(特ダネ)です! まさか、この森の『エラー娘』リゼッタ選手が、オークとフライのコンビ(連携)をソロ(単独)で撃破とは!」

茂みから飛び出してきたのは、オークではなかった。

ゴーグルを額に上げた、快活そうなショートカットの女性。手にはペンと、奇妙な紙の束(メモ帳)を握りしめている。

「あなたは……?」

「私ですか? 私はパティ! 『週刊ベースリア』の記者です!」

パティと名乗る女性は、興奮した様子で慎吾のユニフォームを指差した。

「そして、そちらの謎の助っ人! その奇妙な儀式チャンテと、見たこともない紋様(Pigeonsロゴ)の法衣ユニフォーム! もしや、リゼッタ選手の新スポンサーですか!?」

「え、あ、いや、これはただのファンの……」

「『ファンの力で勝利』! いい見出しが取れました!」

パティは、慎吾の返事も聞かずに、猛烈な勢いでメモ帳に何かを書き殴っている。(この人、スポーツ新聞トばしの記者みたいなノリだ……)

「リゼッタさん、あなたはずっと『任務失敗率エラーの高さ』に悩んでいましたが……彼(監督?)の加入で、ついに覚醒ですか!?」

「か、監督!? 違います!」

リゼッタは真っ赤になって否定するが、パティの勢いは止まらない。

「いやー、これは明日の一面(トップ記事)ですよ! 『エラー娘リゼッタ、謎の監督コーチ獲得で復活勝利!』。さあ、街へ戻りましょう! ギルドへの報告(勝利インタビュー)に、私も帯同します!」

パティの強引な案内で、慎吾とリゼッタは森を抜けた。

その先に現れた光景に、慎吾は息を呑んだ。

「闘技場都市 ベースリア」

巨大な円形のコロシアム。

まるで、慎吾がさっきまでいた首都スタジアムを、そのまま石造りにして巨大化させたような城塞都市だった。

「すごい……本当にスタジアムみたいだ」

「ここベースリアは、戦いが全ての街ですから」とリゼッタが説明する。

街の広場には、巨大な掲示板が設置されていた。

慎吾は、そこに書かれた内容を見て、思わず足を止めた。

「な……」

そこに書かれていたのは、人名と、その横に並ぶ不可解な「数字」だったからだ。

【今週のギルドランキング(ソロ部門)】

バルガス(戦士) 討伐率(打率) .380 / 護衛成功率 1.000

サイラス(魔導士) 詠唱成功率 .950 / 被弾率 .050

...

リゼッタ(剣士) 討伐率(打率) .198 / 任務失敗率エラー .320

(討伐率(打率).198!? 任務失敗率エラー.320!?)

それはまさしく、野球の「成績表」だった。

(打率.198とは……これでは『自動アウト』じゃないか。エラー率.320? 昔、守備の名手と言われながら、なぜか信じられないエラーを繰り返した選手がいたが、それよりもひどい。これでは守備が成立していない...)

「あーっ! リゼッタ選手! また任務失敗率エラーが上がってますよ! これじゃあ……目も当てられません!」

パティが、遠慮のかけらもないヤジを飛ばす。

「あなたの格好、珍しいですね。どこの一座の方ですか?」

すれ違う市民が、慎吾のピジョンズのユニフォームを見てくすくす笑う。

(完全にアウェイの洗礼だ……)

慎吾は、社会人一年目の歓迎会で、無理やり一発芸をさせられた時の屈辱感を思い出していた。

三人が向かったのは、闘技場に併設された「冒険者ギルド」だった。

薄暗い酒場ではなく、整然としたカウンターが並ぶ、まるで銀行の窓口のような場所だ。

(……会社のオフィスみたいだ)

慎吾は、嫌な記憶が蘇り、胃がキリリと痛むのを感じた。

「オークとバレット・フライの討伐報告です」

リゼッタが緊張した面持ちで、カウンターの女性に魔物の素材を差し出す。

女性は銀縁の眼鏡を押し上げ、冷徹な視線でリゼッタと、その横に立つ奇妙な男(慎吾)、そしてメモを取るパティを一瞥した。

「リゼッタさん。討伐リストを確認しました」

彼女――ギルド受付嬢のエルミナは、手元の分厚いファイル(スコアブックにしか見えなかった)をめくりながら、淡々と言った。

「あなたの直近3ヶ月のソロ任務における高難易度クエスト(ランクC以上)の遂行率は1割未満。特に、複数種のモンスターが連携するクエストでのエラー(被弾による任務中断)率は4割を超えています」

「そ、それは……」

「データ上、あなたがこのクエストをソロで達成する確率は、2.8%しかありません。この報告は受理できません」

「なっ……!」

「そんな! 私は確かに倒したんです! この人(慎吾)が証人です!」

「そ、そうです! 俺、見ました!」

慎吾が慌てて割って入るが、エルミナは眼鏡の位置を直しながら首を振った。

「データにないイレギュラー(例外)は考慮しません。それに、その方の服装……サーカスの団員を『証人』として申請されても、信用評価クレジットは上がりません」

「サーカスじゃねえ! これはピジョンズのユニフォームだ!」

「おいおい、みっともねえぞ、リゼッタ」

その時、ギルドの奥から、地響きのような声がした。

(出た……こういう体育会系のノリ)

振り向くと、両手剣というよりは金属バットのような巨大な剣を担いだ、筋骨隆々の大男が立っていた。ランキングボードの1位にいた男――バルガスだった。

「バ、バルガスさん……」

リゼッタが怯えたように後ずさる。

「おっと! ここで宿命のライバル、バルガス選手の登場です!」

パティだけが、嬉々としてペンを走らせている。

バルガスは慎吾を値踏みするように見下し、ニヤリと笑った。

「まだソロで無茶やってんのか。言ったはずだ。『お前はチームの和を乱す。足を引っ張るだけだ』ってな」

「……っ」

(出たよ、「和を乱す」……。古い体質の管理職がよく使う言葉だ)

「ソロが無理だから、今度は得体の知れない呪術師でも雇ったか? 随分と安っぽい衣装だがな!」

バルガスの仲間たちが、下品な笑い声を上げる。

その高圧的な態度。

結果(数字)だけを突きつけ、プロセスを無視し、個人の尊厳を踏みにじる物言い。

それは、慎吾が半年間、灰色のオフィスで浴び続けた、あの課長のものと全く同じだった。

(この人……ダメな上司マネージャーだ……)

「……あの」

慎吾の口から、か細い声が漏れた。

「あァ? なんだ、道化師」

「異議、あります」

「は?」

慎吾は、営業部のフロアで課長に詰め寄る時と同じように、反射的に一歩前に出ていた。

「彼女は、確かにミス(エラー)をしたかもしれない! でも、それはあなたの指示(采配)や連携チームプレーに問題があったからじゃないですか!?」

「……なんだと、テメェ」

バルガスの顔色が変わる。

慎吾は止まらなかった。

(ああ、クソ。言っちまった。サラリーマンの癖で、つい)

だが、一度口火を切った以上、引くわけにはいかない。

「個人のエラーを責める前に、チームとしてどうカバーするかを考えるのがリーダー(監督)じゃないですか! 結果だけ見て選手(仲間)を責めるのは……!」

慎吾は、いつも心の底で叫んでいた言葉を叩きつけた。

「二流の監督マネージャーがやることだ!」

ギルド内が、水を打ったように静まり返った。

リゼッタも、バルガスも、エルミナさえもが、目を丸くして慎吾を見ている。

パティだけが「(すごい! すごい展開です! 『二流の監督』発言!)」と、興奮で手を震わせていた。

バルガスのこめかみに、青筋が浮かび上がる。

「……面白い。そこまで言うなら、証明してみせろよ」

バルガスは、担いでいた大剣の切っ先を慎吾の喉元に突きつけた。

「お前ら(二人)の『即席コンビ』が、俺たち(アイアン・ブルズ)の『チーム』より上だと」

「ひっ……!」

慎吾が腰を抜かす。

その時、カウンターから冷静な声が響いた。

「――ちょうどいい催し物があります」

エルミナが、淡々と告げた。その眼鏡の奥の瞳は、初めて「データ(数字)以外のもの」に興味を示したように、慎吾を分析していた。

「明日、闘技場スタジアムにて『ルーキー対抗・ゴブリン掃討戦』が開催されます。バルガスさんのチームもエキシビションで参加予定でしたね」

「ああ?」

「ルールは簡単。どちらが効率よく討伐できるか、競いますか?」

エルミナは、慎吾を真っ直ぐに見据えた。

「あなたのその『異議(マネジメント理論)』が、どれほどの『数値スコア』を出せるのか。この目で計測データさせてもらいます」

「え……えええ!?」

「受けるんですね?」

ビジターのど真ん中。

観客はすべて敵。

慎吾は、顔面蒼白になりながら、隣で震える剣士を見た。

(なんでこうなった……)

9回裏2アウト満塁。そんな絶体絶命の状況で、社会人一年目の山田慎吾は、異世界の「監督」として、いきなり打席に立たされることになった。

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