第16話:『俊足(スピード)』と『癖(エラー)』の壁
エルミナから発行されたクエスト――「高速疾走コボルドの斥候部隊討伐」――のため、俺たちはベースリア近郊の森に来ていた。
昨日、パティとエルミナに(ある意味)称賛された俺たちの『地味な練習』が、いきなり試されることになったわけだ。
「……最悪や」
斥候に出していたミーナが、舌打ちをしながら戻ってきた。
「監督の言う通り、敵ら、森の奥に陣取っとる。数はこちらとほぼ同じ(ファイブマン)やが……」
ミーナは、その『千里眼』で捉えた光景に、忌々(いまいま)しそうに眉をひそめた。
「全員がリゼッタ(エラー娘)並みの『足』持っとる。おまけに『守備』も固い。一体仕留める(アウトにする)のも厄介やで」
「(パワーではなく、機動力と守備力……。エルミナの言った通りか)」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
「……リゼッタ、ガルム、ルナリア。練習通りやれるか?」
「は、はい! 『当てる』だけ、ですよね!」(リゼッタ)
「おうよ! あの地味な練習の成果、見せてやるぜ!」(ガルム)
「私も、『3割』の制御、できます!」(ルナリア)
「……よし。ミーナ、守備を頼む。行くぞ!」
森の奥。
陣を組んでいたコボルド部隊が、俺たち(侵入者)に気づき、一斉に動き出した。
その動きは、今までの魔物とは明らかに違った。
前後に、左右に、まるで予測不能な動き(フェイント)でこちらを撹乱してくる。
「(速い……! しかも、統率が取れている!)」
「リゼッタ、前衛! ガルム、中衛! ルナリア、援護!」
俺の指示が飛ぶ。
「はあっ!」
ガルムが、練習通り『ミート打法』を意識し、コンパクトに斧を構える。
だが、高速で動き回るコボルド(ランナー)に、なかなか『芯』を合わせられない。
「ちょこまかと……!」
斧の『面』で捉えようとするが、コボルドはその瞬間にスッと身をひるがえす。
(ダメだ、当てられない……!)
苛立ちが募る。
その時、ガルムの脳裏に、前のパーティでの成功体験が蘇った。
(……ちくしょう、まどろっこしい!)
「――おらあっ!!」
ガルムは、ついに練習を捨て、溜め込んだパワー(力)を乗せた『大振り(フルスイング)』で斧を振るった。
それは、コボルドの動き(モーション)を無視した、ただの『当てずっぽう(バクチ)』だった。
「(あ、こいつ……!)」
俺の『視点』に、『エラー』の警告が激しく点滅した。
コボルドは、ガルムの『大振り』の予備動作を見て、余裕でそれを回避。
「(空振り(エラー)だ!)」
体勢を崩したガルムの懐に、別のコボルドが短剣を持って飛び込んできた。
「ガルムさん!」
そのピンチを見て、後方で構えていたルナリアが、真っ青になって魔力を溜めた。
(助けないと! 速く! 強く!)
彼女の頭から、練習で繰り返した『3割』が消し飛んでいた。
(ヤバい! こいつも癖が出てる!)
俺の『視点』は、ルナリアの魔力が『0』から一気に『100(全力)』へ振り切れるのを捉えた。
あれは、制御を失った『暴投』だ!
「――アカン!」
その瞬間、ルナリアの横にいたミーナが、彼女の詠唱の腕を掴んで、物理的に止めた。
「なっ……!?」
「あんたの『全力』は『ガバガバ(暴投)』や! 仲間ごと吹っ飛ばす気か!」
「で、でも、これ(3割)じゃ間に合わない……! けど、全力(10割)は……!」
ルナリアがパニックに陥る。
(そうだ、こいつの課題は『0か100か』だ!)
俺は、ミーナが作った一瞬の『間』に叫んだ。
「ルナリア! 『3割』でも『10割』でもない! 中間の『5割』だ!」
「え……『5割』!?」
「そうだ! 『全力』の半分でいい! コース(あいつの足元)だけ狙え!」
ルナリアは、ハッとした顔で頷いた。
彼女は『10割』に向かっていた魔力を、『5割』まで強引に引き戻す。
(……できる! 練習(あの時)の『3割』よりは強い……でも、『全力(10割)』よりは制御できる!)
「いけええっ!」
ルナリアの『5割(コントロールされた速い球)』が、ガルムに迫っていたコボルドの『足元』に突き刺さった。
「グッ!?」
コボルドは、咄嗟にそれを避けようとして、初めてその『足』が一瞬だけ止まった。
「――ガルム! 今だ! 『ミート』で『当てる(ヒット)』!!」
「(……これか!)」
『大振り』の体勢から無理やり立て直したガルムも、その『一瞬の隙』を見逃さなかった。
彼は、癖をこらえ、練習通り斧をコンパクトに振り抜き、足が止まったコボルドに『ミート』で叩き込んだ。
ゴスッ!
『芯』ではなかったが、確実な『一撃』だった。
コボルドは数匹を道連れに、森の奥へと撤退していった。
「はぁ……はぁ……」
ガルムが、膝に手をついて荒い息をつく。
「クソ……手応えが軽すぎた。当てるだけじゃ倒しきれねえ……」
「……アカンな」
ミーナが、敵が逃げた方向を睨みながら、冷たく言った。
「リーダー格ら、あんた(ルナリア)の『5割(速い球)』の弾速を、最後には『見切っとった(読んどった)』わ」
俺たちは、顔を見合わせた。
なんとか切り抜けたが、二人の『癖』は再発した。
そして、ルナリアの『5割』ですら、格上(リーダー格)には通じない(読まれる)ことが分かってしまった。
「……訓練場に戻るぞ」
俺は、悔しがるガルムとルナリアに告げた。
「ルナリア、お前には『5割』だけじゃなく、『3割』と『5割』を使い分ける『緩急』の練習が必要だ」
「ガルム。お前は『当てる』だけじゃない。当てる『強さ(打点)』と『芯』の練習だ」
二人の本当の『エラー(課題)』の克服は、まだ始まったばかりだった。




