第15話:『型(フォーム)』と『反復(エラー)』
ベースリアの公認訓練場。
昨日俺が提示した『戦術』の基礎練習が始まっていたが、その空気は重かった。
「……っ!」
リゼッタが短剣を握りしめ、訓練用の『的』に向かって踏み込む。
(当てるだけ、当てるだけ……!)
彼女は自分に言い聞かせる。だが、長年「敵を倒さねば」と染み付いた癖は抜けない。
的を『斬りつける』意識が勝り、踏み込みに力が入りすぎた。
「きゃっ!?」
案の定、短剣は的を弾き、彼女はバランスを崩して派手に転倒した。
(まただ……!)
「三流や」
腕を組んで見ていたミーナが、冷たく言い放つ。
「あんたは『当てる』と『走る』を同時にやろうとしとる。別々の動作や! それじゃ隙だらけやで」
「うっ……ごめんなさい……」
俺の『視点』でも、ミーナの分析通りだった。リゼッタが「当てよう」と「走ろう」を同時に意識した瞬間、『エラー』の予兆(赤い警告)が足元に激しく点滅する。
「ミーナの言う通りだ! リゼッタ、走るな! まずは『歩いて』『止まって』『当てる』! 成功したら『走って』戻る! 動作を分けるんだ!」
(……だが、問題はこっちも深刻だ)
俺は、もう一つの区画に目を向けた。
「おらあっ!」
「きゃあっ!?」
ルナリアが放った『加減した魔力弾』を、ガルムが凄まじい気迫の『全力』で叩き潰し、魔力弾が訓練場に爆音を響かせて暴発した。
「だから力を抜けって言ってるだろ、ガルム!」
「抜いてるぜ! だが、敵の攻撃が来たら、全力で叩き潰すのが当たり前だろうが!」
「練習だっつーの!」
「ご、ごめんなさい、ガルムさん! 今、魔力が少し速すぎました!」
ルナリアが慌てて謝る。
「ちげえよ! お前は遅すぎるんだよ! もっとこう、ガツンと来ねえか!」
「ひぃん……」
ガルムが苛立ち、巨大な斧を地面に叩きつけた。
「ちくしょう! まどろっこしい! 敵は『パワー』でぶっ潰せばいいって、前のパーティじゃみんなそう言ってたぜ! 小細工は要らねえってな!」
その言葉に、俺はハッとした。
俺の『視点』が、ガルムの『エラー(大振り)』の背景を映し出す。
(……前のパーティ? こいつ、パワーだけを評価されて、エラー(大振り)を誰も修正(指摘)してこなかったのか……? むしろ、それが『長所』だと煽てられて……)
以前の特訓(応急処置)では見えなかった、根深い『癖』の原因がそこにあった。
「そ、そうですよ!」
ルナリアも、ガルムの言葉に便乗するように、涙目で訴えてきた。
「私、昔から魔力の『制御』が苦手で……。いつも『全力』か『不発』になっちゃうんです……。加減しろって言われても……」
(ルナリアもか……。膨大な魔力を持て余してる。こっちはこっちで、以前の特訓じゃ根本解決してなかった)
「……なるほどな」
その時、リゼッタの指導を終えたミーナが、呆れ果てた顔で二人を見ていた。
「こっち(二人)も『三流(エラー持ち)』の寄せ集めか。ちょうどええ」
ミーナは、まずガルムをその『千里眼』で射抜いた。
「大振り(ガルム)。あんたは『前のパーティ(過去)』を引きずんな。あんたの『パワー(それ)』は、ただの『バクチ(エラー)』や」
「なっ……!」
「慎吾(監督)は、あんたのパワー(長所)を『確実』にするために、地味な『基礎』をやらせとるんや。それが分からんか」
次に、ミーナはルナリアに向き直った。
「ガバガバ(ルナリア)。あんたもや。あんたの課題も一緒に『修正したるわ」
「え?」
「あんたは『ガルムに当てる』練習やない。あんたは『一定の速度』を『同じ場所』に投げ続ける練習や。いいか、魔力は『3割』。それ以上出すな。絶対や」
ガルムが反論しようと口を開く。俺はそれを制した。
「ガルム。お前のパワーは本物だ。俺もそう思う」
「……監督」
「だが、ミーナの言う通り、それは『バクチ』だ。俺は、お前のパワーを『バクチ』で終わらせたくない。だからこそ、当てる技術を身につけろ。お前のパワーを、最強の『武器』にするために」
俺の言葉とミーナの『指示』が、ようやく二人に届いた。
……地獄の反復練習が始まった。
「(歩く、止まる、当てる……!)」
リゼッタが、ぎこちない動きで動作を分離させる。
「(3割、3割……!)」
ルナリアが、震える手で魔力弾を制御し、一定の速度で放ち続ける。
「(力を、抜く……『壁』になれ……!)」
ガルムが、飛んでくる魔力弾に対し、斧を振り抜きたい衝動を必死にこらえ、『面』で受け止めることに集中する。
何十回、繰り返しただろうか。
「(……3割!)」
ルナリアの『3割の魔力弾』が、初めて安定した軌道を描いた。
「(……『壁』だ!)」
ガルムが、力を抜き、斧を完璧な角度で差し出す。
カキン!
今まで聞いたことのない、乾いた、軽い音が響いた。
魔力弾は、ガルムのパワー(力)ではなく、ルナリアの魔力弾の力をそのまま利用するようにして、鋭く弾き返され、俺が指定した『的』に吸い込まれた。
「「「あ……」」」
ガルムも、ルナリアも、そして離れた場所で練習していたリゼッタも、その光景に目を奪われていた。
「(今のは……力は要らなかったのに、一番速く飛んだ……?)」
ガルムが、信じられないという顔で自分の斧を見つめている。
「(私でも……制御できた……?)」
ルナリアが、自分の手のひらを見つめている。
「(これが……『ミート』……)」
俺は、二人が『型』の入り口に立ったことを確信した。
「――特ダネ(スクープ)ですっ!!」
その感動をぶち壊すように、物陰からパティが飛び出してきた。
「あの『エラー娘』と『大振り』が、まるで『別人のような型』で地味な練習を!? これは一体!?」
パティは、リゼッタが「倒す」ことをやめ、ガルムが「叩き潰す」ことをやめている、という戦術の根本的な変化に(記者として)気づき、興奮でメモを走らせている。
「……また来たか、あのやかましい『ヤジ屋』」
ミーナが、心底うんざりした顔で呟いた。
「慎吾監督! この地味な練習の意図は!? チーム(ピジョンズ)は一体どこへ向かおうと……!」
パティが俺に詰め寄った、その時だった。
「――騒がしいですね」
冷静な足取りで訓練場に入ってきたのは、ギルド受付嬢のエルミナだった。
彼女は、俺たちの地味な練習風景と、興奮するパティを冷徹な目で見比べた。
「ちょうどいい。あなたたちの『新しい型』を計測するのに、手頃な『練習試合』が発行されました」
エルミナは、手元のファイル(スコアブック)を開いた。
「今度の相手は『パワー』ではありません。厄介なのは、その『機動力』と『守備力』です」
俺たちは、顔を見合わせた。
『スピード』と『守備力』。
それはまさしく、俺たちが今、身につけようとしている『バント(足)』と『ミート(確実性)』が試される相手だった。




