坑道の奥で
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この世界に残された数少ない資源。それがプラスチック鉱山だ。
鉱山といっても山があるわけじゃない。深く深く、地下に続く長い坑道。暗く、臭く、重金属と化学物質で汚染された穴。それがプラスチック鉱山だ。
俺たち鉱夫はこの穴に潜って、旧時代の地層を掘る。目当ては潰れた樹脂の塊、貴金属、ガラスなど。もちろん、副産物のガスや化学物質も回収する。使えないものはほとんどない。
信じられるか、ここが昔……旧時代のゴミ捨て場だったなんて。貴重な資源を捨てていただなんて。俺には理解できない。死んだ人間のカルシウムすら回収するいまの時代では、想像もつかない話だ。
さて、今日から俺は新たな鉱区を掘ることになった。まだ手付かずの鉱山で、どんな資源が眠っているのかわからない。試掘結果によると旧時代末期に作られたという話だが……だとすれば、結構なお宝が眠っているかもしれない。
選ばれたのは、俺を含めて20~30歳の鉱夫たち。比較的若手の集団だが、そもそも鉱夫の寿命は短い。腐食性ガスや致死性物質に触れることが多いからだ。落盤やガス爆発も頻繁に発生するから事故死も多い。当然、進んで鉱夫になる者はいない。もちろん、俺も。
といっても、他に仕事はほとんどない。失業したら冷凍処置されるし、手術を受けて潜水夫になるのも嫌だ。
結局、鉱夫を選ぶ以外に生きる道はない。それが現実だ。
採掘公社が掘った竪坑を下り、俺たちは横に掘り進む。
採掘機を使って樹脂の壁を切り崩し、奥へ奥へと掘り進む。
鉱山に潜って半日ほど過ぎただろうか。おれは坑道の奥で小さな板状の遺物を掘り出した。旧時代の携帯端末のようだ。側面のボタンを押すと、画面が白く輝いた。その端末は、まだ「生きて」いた。
旧時代の端末が発掘されることはときどきあるが、大半は「死んだ」状態だ。圧力や腐食によって物理的に破損している場合がほとんどだし、たまに綺麗なものが見つかってもまず電源は入らない。まだ生きているということは、量子電池を組み込んだ旧時代末期のものなのだろう。
無人の坑道に起動音が鳴り響き、画面にアイコンが表示された。どうやら指で触って操作するようだ。文字が表示されているが俺には読めない。適当にアイコンを押すと、華やかな音と共にビデオ映像が表示された。旧時代の映像を見るのは初めてだ。
そこには、驚くべき光景が広がっていた。
不気味なほどに青い空。
多層構造物が立ち並ぶ街。
広い道を埋める、たくさんの走行機械。
ひしめき合って歩く人たち。
明るい色の服と装備品。
皿に盛られた大量の食糧。
人工照明に浮かび上がる夜の街。
空を覆う無数の飛行機械。
都市を飲み込む巨大な火球。
映像を見ているうちに、俺はふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。
有り余る食料。プラスチックを捨てるほど豊かな社会。夜の街を明るく照らす莫大なエネルギー。そんな理想郷を自分たちの手で破壊した、旧時代の愚か者たち。
なぜ争った? なにが不満だった? すべては「そこ」にあったはずだ。
お前たちのせいで……お前たちのせいで、世界は地獄になった。世界は灰色になった。
一瞬怒りで我を忘れそうになったが、過剰なアドレナリンの分泌を検知して、精神安定インプラントが鎮静剤を放出したらしい。たちどころに怒りが消えた。
そうとも。怒りなど無意味だ。俺が声を上げたところで、世界は何も変わらない。空も街も灰色のままだし、栄養ブロックの配給が増えるわけでもない。
旧時代の話なんて、いまとなってはどうでもいいことだ。
もういい。忘れよう。世の中には、知らないほうがいいこともある。
俺は端末を放り投げた。端末は白い光を放ちながら、竪坑の奥へと消えていく。
旧時代の亡霊よ、怒りと絶望を撒き散らすな。
ここにお前はいらない。地の底で再び眠れ。