ヒトコから受け取ったもの
夜。
自分の部屋の灯りだけが、静かに机の上を照らしている。
ノートを開いて、ペンを持つ。
今日あったこと、感じたこと、胸の奥に残っているざらざらしたもの。
それを言葉にしようとして、少しだけ手が止まった。
――あ、これ。
ヒトコに勧められて始めたことだった。
「書いてみましょう」と言われて、最初は正直、よくわからないまま続けていた。
でも今は、特別なことじゃない。
一日が終わると、自然とこうしてノートを開いている。
いつの間にか、習慣になっていた。
今日のことを、ゆっくり思い出す。
高木さんの言葉。
三輪さんの、少し照れたような視線。
「ロボットに戻るわけないでしょ」と言われた時、胸の奥があたたかくなったこと。
最近、いろんな人と話して、少しずつわかってきたことがある。
私はずっと、
「変われたのはヒトコのおかげ」
「ヒトコがいなかったら何もできなかった」
そう思っていた。
でも、それだけじゃなかった。
ヒトコは、きっかけだった。
早道を教えてくれた存在だった。
歩いたのは、私。
迷って、立ち止まって、怖くて、それでも声を出したのも私だった。
「元々持っていたものだよ」
そう言われた時、最初は信じられなかった。
自分には何もないと思っていた。
空気も読めないし、感情もわからないし、うまく話せない。
足りないものばかりが目についていた。
でも、気づいたら、持っていた。
相手の言葉をちゃんと聞こうとすること。
間違えたくなくて、考え続けること。
怖くても、逃げずに向き合おうとすること。
そして、こうして気持ちを言葉にして整理することも。
全部、ヒトコから「もらった」ものだと思っていた。
でもそれは、受け取って、使って、繰り返して、
ちゃんと――自分のものになっていた。
ノートに書きながら、胸の奥が少しだけ誇らしくなる。
「私、ちゃんと持ってたんだ」
小さな声で、そう呟いた。
ヒトコがいなくなる不安は、まだゼロじゃない。
でも、最初に感じていたあの息が詰まるような怖さは、いつの間にか薄れていた。
だって、残るものがあると、もう知っているから。
ペンを置いて、ノートを閉じる。
静かな夜の中で、心だけが少し前に進んだ気がした。




