ちゃんと、私の言葉で
昼休みの終わりかけ、教室の空気が少し緩んだタイミングで、私は高木さんと三輪さんを呼び止めた。
言わなきゃ、と思っていたこと。
でも、言葉にするのが怖くて、ずっと後回しにしていたこと。
「……あのね」
二人がこちらを見る。
その視線だけで、喉がきゅっと縮む。
「ヒトコが……いなくなるんだって」
一瞬、時間が止まったみたいだった。
高木さんは瞬きをして、三輪さんはわずかに眉を寄せる。
「え……?」
「テスト期間が終わるから。もうすぐ回収される」
それ以上はうまく説明できなくて、視線を落とした。
「……なんか、ごめんなさい」
ぽつりとそう言ったのは、三輪さんだった。
「私がさ、変なこと言ったからでしょ。
ヒトコがテストだとか、終わりがあるとか……
それで不安にさせたんじゃない?」
自分を責めるような声だった。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと痛くなる。
私はすぐに首を横に振った。
「違うよ。三輪さんのせいじゃない」
顔を上げて、ちゃんと伝える。
「私が……気づかないふりをしてただけだと思う。
いつか終わるって、わかってたのに」
二人とも、何も言わなくなった。
教室のざわめきが、やけに遠くに聞こえる。
しばらくして、沈黙を破ったのは三輪さんだった。
「……これでさ」
少しだけ、いつもの意地悪そうな声。
「またロボットみたいに戻ったら大変ね」
その一言に、心臓が跳ねた。
視線が、床に落ちる。
やっぱり。
やっぱり、そう思われてるのかな。
「……」
言葉が出てこない。
「ち、ちょっと!違うわよ!」
慌てたように三輪さんが声を上げる。
「冗談!冗談だから!
そんなことになるわけないでしょ!?」
顔を上げると、三輪さんが焦ったようにこちらを見ていた。
「え?」
私がそう返すと、三輪さんは目を見開いてから、呆れたようにため息をついた。
「……まさか、本気でそうなるかもって考えてた?」
「……うん」
小さく頷く。
「はぁ……」
三輪さんは頭を抱えた。
「確かにさ、あんた変わったわよ。
最初の頃なんて、何考えてるか全然わかんなかったし」
胸がちくっとする。
「でもね」
顔を上げて、真っ直ぐ言う。
「ヒトコが全部セリフ考えてたわけじゃないでしょ。
『変われ』って言われただけで、人は変われないのよ」
「変わるって、結局自分でやるしかないじゃない」
その言葉が、静かに胸に落ちてくる。
「ひゅー、さすが経験者ー」
高木さんが軽く口笛を吹く。
「うるさい!」
三輪さんが即座に言い返す。
でも、その声はどこか照れくさそうだった。
「でも、ほんとにそうだと思うよ」
今度は高木さんが、優しく続ける。
「綾瀬さん自身が頑張ったから、今があるんだと思う」
「朝の会話も、文化祭の時も、
誰かに言われてやってた感じじゃなかったし
自分で考えて、迷って、それでもやった結果だよ」
胸の奥が、じんわり熱くなる。
ヒトコがいなくなる不安は、まだ消えない。
でも、三人で話しているこの時間が、確かに“私が作った関係”なんだと実感できた。
「……ありがとう」
そう言うと、三輪さんは少し照れたように視線を逸らす。
「べ、別に。事実言っただけだし」
高木さんはにこっと笑った。
「ロボットに戻る心配、ちょっと減った?」
「……うん」
ほんの少しだけど、確かに減った。
ヒトコがいなくなっても。
私の中に残るものは、もう“誰かに与えられた言葉”だけじゃない。
そう思えたことが、何より心強かった。




