決めるための場所
お母さんに勧められて、予定を少し早めて主治医の朝比奈先生のところに来た。
急だったけれど、逃げる理由はもう見つからなかった。
待合室の椅子は、前に来たときと同じ。
壁の色も、置いてある雑誌も変わらないのに、今日は少し違って見える。
心臓の音だけが、やけに大きい。
「付き添う?」
そう聞かれたけれど、首を横に振った。
これは私が向き合わないといけないことだから。
誰かに代わってもらうわけにはいかない。
名前を呼ばれて、立ち上がる。
ドアノブに手をかけると、ほんの少しだけ指先が震えた。
診察室に入ると、朝比奈先生はいつもの穏やかな表情で迎えてくれた。
軽い近況確認のあと、沈黙が落ちる。
その沈黙を破るのは、私しかいなかった。
「……あの」
声が、思ったより小さい。
一度深呼吸して、もう一度。
「ヒトコは……いなくなっちゃうんですか?」
言葉にした瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
逃げ場のない問い。
朝比奈先生はすぐに答えなかった。
少し困ったように、でも誠実に考える顔をしてから、ゆっくりと口を開く。
「本当はね」
その一言で、覚悟が決まる。
「前のメンテナンスの時に、テストは終わる予定だったんだ」
やっぱり。
心のどこかで、もうわかっていた。
「でも、凛ちゃんにはまだ必要だと思ったから。私の判断で、続けさせてもらってたの」
胸がちくりと痛む。
同時に、守られていた時間だったんだと気づく。
「それも、そろそろおしまい」
言葉は優しいのに、はっきりしている。
「ただしね」
朝比奈先生は、私の目を見て続けた。
「終わるタイミングは、凛ちゃんが決めていい。
気持ちの整理がついたら、教えてほしいな」
その瞬間、涙が出そうになるのを必死でこらえた。
ショックだった。
やっぱり、怖かった。
でも同時に、救われた気持ちもあった。
決める権利が、私にある。
誰かに急かされるわけでも、突然奪われるわけでもない。
私のペースで、考えていい。
「……わかりました」
そう答える声は、少し震えていたけれど、逃げてはいなかった。
診察室を出たあと、廊下を歩きながら思う。
ヒトコがいなくなるかもしれない未来。
それはもう「知らなかった不安」じゃない。
ちゃんと知って、ちゃんと向き合って、選ぶための時間。
それがあるだけで、少しだけ、前に進める気がした。




