小さな笑いの輪
文化祭が終わってから数日。
教室には、いつもの朝のざわめきが戻っていた。
ざわざわとした声、椅子を引く音、プリントをめくる音。
でも、その中にある空気はどこか前と違っていた。
ぴんと張りつめていた糸のようなものが、ゆるやかにほどけた感じ。
私はその違いを言葉にできないまま、ただ静かに感じていた。
「おはよー、綾瀬さん」
軽やかな声がして顔を上げると、高木さんが手を振っていた。
少し遅れて、三輪さんも鞄を机に置く。
「……おはよう」
控えめに返すと、三輪さんはほんの一瞬だけ視線を合わせて小さく頷いた。
その仕草が、なんだか前より柔らかく見えた。
午前中の授業が終わると、掃除の時間になった。
黒板消しを取りに行く途中で、高木さんがうっかりチョークの箱をひっくり返してしまう。
「うわ、やっちゃった!」
慌てて拾おうとする空の隣で、三輪さんがため息をつきながらしゃがみ込む。
「もう、ほんとそそっかしいんだから」
でもその声には、責めるような棘はなかった。
私も黙って手を伸ばして、一緒にチョークを集めた。
手が少しだけ触れて、三人の手元に白い粉がこぼれ落ちる。
その瞬間、空がくすっと笑った。
「なんか、粉雪みたい」
三輪さんが「何それ」と呆れながら笑い、私もつられて口元がゆるむ。
その小さな笑いが、教室の静けさの中にふわっと広がっていった。
あの時、笑いながらふと気づいた。
——私、ちゃんと笑えてる。
前は、どう笑えばいいのかさえ分からなかったのに。
放課後、片付けをしていると、空が机を拭きながら言った。
「ねぇ、明日も手伝ってねー」
「……また私?」
三輪さんが呆れたようにため息をつく。
「だって、莉央が一番手際いいんだもん」
「空ってほんとずるい」
そんな言葉を交わしながら、二人の声が自然に重なる。
その隣で私は静かに笑っていた。
この二人のやりとりが好きだと思った。
前は、怖かったはずなのに。
今は、ただ温かい。
帰り道、教室の窓から見える夕焼けがオレンジ色に染まっている。
それを見ながら、心の中でひとつ言葉が浮かんだ。
——つながり。
特別なものじゃなくて、
誰かと笑い合えるこの時間のことを、そう呼ぶのかもしれない。
家に帰ってから、私はノートを開いた。
今日のことを、ひとつひとつ書き留めていく。
「笑った」「手が触れた」「あったかかった」
そして、筐体の中のヒトコを見つめて小さく呟いた。
「ねぇヒトコ。少しずつ、できてるよ。“つながり”って、こういうことなんだと思う。」
ヒトコの顔がやわらかく微笑んで、
「それは、とても大切な一歩ですね」と静かに返した。
その言葉に胸の奥がほんのり温かくなり、私はそっとノートを閉じた。




