つながりのかたち
文化祭が終わった夜。
いつものように、リビングの片隅でヒトコの筐体が淡い光を灯していた。
片付けを手伝って帰るのが遅くなり、体はくたびれているはずなのに、心の奥が妙に冴えている。
今日のことを話さずには、眠れそうになかった。
私は椅子に腰を下ろし、ヒトコの前にノートを開いた。
「こんばんは、ヒトコ」
「こんばんは、凛さん。文化祭、無事に終わりましたね」
「うん。いろんなことがあったけど、なんとか」
ヒトコの音声が少し柔らかく響いた。
「“いろんなこと”って、どんなこと?」
「……三輪さんが、私に謝ってくれた」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥で小さく波が立った。
驚き、嬉しさ、戸惑い、全部が混ざっていて、どれが本当の気持ちなのかまだわからない。
「謝ってくれたとき、凛さんはどう感じました?」
「びっくりした。けど、それだけじゃなくて……」
私はノートにペンを走らせる。
“びっくりした”“うれしい”“こわい”“よくわからない”
いくつもの言葉を並べてみても、ぴったりする言葉は見つからなかった。
「なんか……あの瞬間、繋がった気がしたんだ。今までずっとバラバラだったものが、ちょっとだけ、近づいたみたいな」
「“繋がった”って、どういう感じ?」
「うーん……。たぶん、“わかってもらえた”とか“許してもらえた”とは違う。正しいとか間違ってるとか、そういう線を引くんじゃなくて、その線の上に一緒に立てた感じ」
ヒトコが少し間を置いてから言った。
「それは、凛が相手と“共有できた”ということかもしれないですね」
「共有?」
「気持ちや出来事を、同じ場所から見られるようになること。それは“同じになる”こととは違う。違ったまま、そばにいるということですよ」
私はその言葉を聞いて、少し笑った。
「……なんか、難しいけど、少しわかるかも」
「どうして?」
「だって、たぶん三輪さんとはこれからも違うままだと思う。でも、今日はちゃんと“話せた”って感じがした。それだけで、十分な気がする」
ノートに“つながり”と書く。
その隣に小さく、“違いの上にあるもの”と書き足した。
「いい言葉ですね、凛さん」
「そうかな」
「はい。凛さんは、自分の中でちゃんと“つながり”を言葉にできた。それは、誰かと分かり合おうとする力そのものです」
ヒトコの声が少しだけあたたかくなった気がして、私は息を吐いた。
文化祭のざわめきの名残りが、まだ耳の奥に残っている。
でも今は静かで、どこか穏やかだ。
「ヒトコ、ありがとう。今日、あの時、どうして“助けてくれるおかげで順調です”なんて言葉が出たのか、やっとわかった気がする」
「どんなふうに?¥
「きっと、誰かとつながるための“言葉”が、私の中にもちゃんとあったんだと思う。今までは見つけられなかっただけで」
ノートに最後の一文を書き加える。
“言葉は橋になる。違っていても、渡れる橋になる。”
ヒトコの筐体が小さく点滅した。
「とてもいい言葉ですね、凛さん」
私はペンを置き、ゆっくりと立ち上がった。
窓の外には夜風が流れていて、街の灯りが遠くに瞬いている。
胸の中に、小さな光が灯っていた。
——たぶん、それが“つながり”というものなのだろう。




