間違いから始まるもの
片付けが終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
昼間あんなに賑やかだった校舎も、今は静かで、窓の外の街灯が床に淡い影を落としている。
浮かれて笑っていた声が少しずつ遠のいて、残ったのは机を動かす音と、紙くずを拾う小さな気配だけだった。
「やっぱり終わると、ちょっと寂しいね」
高木さんがそう言ってゴミ袋を結ぶ。
私は頷きながら、黒板の端に残っていたチョークの粉を指で拭った。
その時だった。
「綾瀬さん」
名前を呼ばれて振り向くと、三輪さんが立っていた。
声の調子がいつもと違っていて、胸の奥がきゅっとなる。
「ちょっと、話があるんだけど」
真剣なトーン。その一言で、背筋が伸びた。
教室にいた数人が帰っていくのを待ち、私たちは廊下の窓際に移動した。
夜の空気がひんやりしていて、蛍光灯の明かりが少し遠く感じる。
しばらく沈黙が続いたあと、三輪さんが小さく息を吸った。
「今までのこと、ごめんなさい」
その言葉は、まっすぐで、想像していなかったほど素直だった。
驚いて、言葉が出なかった。
彼女の目は少し赤く、でも逃げることなく私を見ている。
「全部、私の勘違いだった。綾瀬さんは何も感じないロボットなんかじゃなかったし、片桐先生に特別扱いされてたわけでもなかった。……認めるのが怖くて、認められなかったの」
静かな廊下に、彼女の声だけが響く。
「でも今日、文化祭が終わって、いろんな人が“ありがとう”って言ってるの見て、私も変わりたいって、改めて思ったの。急に仲良しこよしなんてできないけど……間違いはちゃんと謝らないといけないから」
私は、どうすればいいのかわからなかった。
今までのことを思い出そうとすると、胸の奥が痛くなって、言葉が絡まる。
でも、何も言わないままに終わらせたくない気持ちが勝って、
気づけば口が勝手に動いていた。
「……間違ってても、いいんじゃないかな」
自分でも、びっくりするような言葉だった。
三輪さんが目を瞬かせて、少しだけ息をのむのがわかった。
「私も、正しいことをしようとしてばかりで、でもそれだと何も変えられない気がする。間違ったり、考え直したり、そういうことがあるから……話せるのかもしれない」
言いながら、自分の中で何かがやっと形になっていくのを感じた。
あの日、ヒトコと話した“つながり”の意味が、
少しだけわかる気がした。
三輪さんはしばらく黙っていた。
でも次の瞬間、小さく笑った。
「……やっぱり綾瀬さん、変わってる」
「うん、よく言われる」
「でも、ありがと。そう言ってもらえて、ちょっと楽になった」
彼女の笑顔は、文化祭の灯りみたいに柔らかかった。
窓の外の夜空には、まだ遠くに花火の光が残っている。
その光を見ながら、私は思った。
——たぶん、間違いからしか始まらない関係もあるのかもしれない。




