「たぶん」の真意
三輪さんが提出物を抱えて職員室へ向かっていったあと、教室には私と高木さんだけが残った。
窓の外から差し込む午後の光が、静かな机に影を落としている。
しばらく沈黙が続いた後、高木さんがこちらを向いた。
「ねぇ、綾瀬さん。……この間言われた“たぶん”まだ気にしてるでしょ?」
私はびくりと肩を揺らした。
あのとき――三輪さんに「最近元気がないの?」と恐る恐る聞いた時に返ってきた答えがずっと頭に引っかかっていた。
「実はね、あの言葉、私も気になってたんだ」
高木さんはペンをくるくる回しながら、少し真剣な顔で言った。
「莉央が“たぶん”なんて自信なさそうに答えるの、珍しいと思ったから。普段なら、もっとはっきり言う人でしょ?」
その言葉に、胸の奥がざわつく。
確かに……三輪さんが曖昧に返すのは、私も意外だった。
その時、教室の扉がガラリと開いて、三輪さんが戻ってきた。
提出を終えたファイルを机に置いた瞬間、二人の視線が自然と彼女に向かう。
「……なに?」
怪訝そうに眉をひそめる三輪さん。
高木さんは、臆することなく切り出した。
「この前言ってた“たぶん”のこと。莉央らしくない答え方だったから、気になってるんだよね」
三輪さんは視線を落とし、机の角を指でなぞった。
しばしの沈黙。
そして、ほんの小さな声でぽつりとこぼした。
「……別に、なんでもないし」
「嘘!莉央いつもたぶんなんて言わないじゃん!」
その後どれぐらい沈黙が続いたんだろう。
ポツリと話し始めた。
「……先生に呼び出されて、綾瀬さんをいじめてるんじゃないかって、聞かれたの」
三輪さんがそう言った瞬間、教室の空気が変わった。
夕方の光が窓から差し込み、机の上に淡い影を落とす。その影の中で、三輪さんは小さく肩をすくめ、うつむいていた。
私は胸がきゅっと締めつけられた。
――やっぱり、そうだったんだ。
先生に疑われていたこと。三輪さんが何も言わずに、ただ曖昧に「たぶん」と答えたこと。
全部、そこに繋がっていた。
「……莉央」
高木さんが、普段より少し柔らかい声で呼んだ。
「それでなんて答えたの?」
三輪さんは苦笑のような、拗ねたような表情を浮かべた。
「……別になにも。先生が勝手にそう思っただけだし。私が何言ったってどうせ信用しないんでしょ」
その言葉には苛立ちも混ざっていたけれど、どこか弱さがにじんでいた。
私は思わず口を開く。
「でも……三輪さん、本当は違うんだよね?」
三輪さんは私をじっと見つめ、何か言いかけて口を閉ざす。
代わりに高木さんが間に入った。
「ねぇ、莉央。綾瀬さんをいじめてるって思われたこと、悲しかったんでしょ? だからあんな答え方になったんじゃない?」
「……悲しい、っていうか……」
三輪さんは言葉を選ぶように、机の角をぎゅっと掴んだ。
「なんか、嫌だった。嫌われたみたいで。先生に」
その言葉に私は息をのむ。
三輪さんが気にしているのは私のことだけじゃなく、先生の目も、高木さんの目も。
彼女の中でいろんな気持ちが絡み合っている。
「三輪さん……」
私の声は震えていた。
何を言えばいいか分からない。でも、黙ってはいけない気がした。
「……やっぱり、先生の事……」
思わずこぼれた私のつぶやきに三輪さんがキッと睨みつけた。
「言わないで、……もう終わった事だから」
高木さんが何かを決意する様に呟いた。
「私たち、もっとちゃんと考えた方がいいのかも。莉央がどう思ってるのか、綾瀬さんがどう感じてるのか、先生になんて言ったらいいのか……」
三輪さんは顔をそらしたまま、でも完全には否定せず、小さく「ふん」と鼻を鳴らした。
その反応が、少しだけ救いに思えた。
私たちはまだ答えを見つけていない。
でも、こうして話せたこと自体が――ほんの少しの前進のように感じられた。




