言葉を探す練習
リビングのテーブルにノートを広げ、私はいつものようにヒトコの前に座った。筐体の画面に映る顔が、いつもと変わらぬ静かな表情でこちらを見つめている。
「……ヒトコ。どう聞いたらいいのかわからないの」
胸の奥にずっと引っかかっていた言葉がようやく外に出た。
「どう、というのは?」
ヒトコの声は落ち着いている。
「三輪さんに……。元気ないように見えるって、聞いてみたい。でも、どんなふうに言えばいいのか、考えると頭がぐるぐるして」
私はペンを握りしめ、ノートの端に「どう聞けばいい?」と大きく書いていた。
「なるほど。言葉の選び方で相手の受け取り方は変わります。いくつかの例を提示しましょうか?」
私はコクリとうなずいた。
ヒトコは淡々といくつかの言い回しを挙げてくれる。
「一つ目は、ストレートに聞く方法です。
『最近元気ないみたいに見えるけど、大丈夫?』」
私は口に出してみる。
「さいきん、げんき……ないみたいに、みえるけど……だいじょうぶ?」
声が小さくなってしまい、自分でも頼りなく聞こえた。
「二つ目は共感を交えた言い方です。
『私も悩むときがあるから気になって……最近どう?』」
今度も口にしてみる。少し、恥ずかしい。けれど、言葉が自分の中に落ちてくる感じがあった。
「三つ目は、間接的に切り出す方法です。
『この前、ちょっと元気なさそうだったよね』」
私は繰り返し練習するように、ひとつずつ声に出した。
でも、言い終えると胸の奥が重くなっていく。
「……でも、もし嫌われたら?」
つい本音がこぼれた。ペン先でノートの端を強く押してしまう。
「嫌われる可能性は、確かにあります」
ヒトコは揺るがない声で答える。
「けれど、何も言わなければ、あなたの気持ちも、相手の気持ちも変わらないままです」
その言葉が、ずしんと胸に落ちた。
「……変わらない、まま……」
私は自分の書いた文字を見つめる。『どう聞けばいい?』の横に、震える手で『変わらない』と書き足した。
「凛さんは、どうしたいですか?」
ヒトコの問いかけはいつも最後に返ってくる。
私は深呼吸をして、絞り出すように言った。
「やっぱり……知りたい。三輪さんがどう思ってるのか」
「それで十分です。その気持ちがあれば、言葉は多少不格好でも伝わります」
画面に映る無表情な顔なのに、不思議と励まされている気がした。
私はノートに三つの言葉を並べて書いた。
『大丈夫?』
『最近どう?』
『元気なさそうだった』
どれを選んでもいい。大事なのは声に出すこと。
「……明日、挑戦してみようかな」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
ペンを置き、ノートを閉じたとき、心の中にほんの少しだけ勇気の種が芽生えているのを感じた。




