小さなぬくもり
カチリ、とスイッチを入れると、筐体のランプが淡く光った。
今日も「ただいま」の代わりみたいに、ヒトコと話したくて電源を入れる。
「おかえり、凛さん。今日はどんな日だった?」
少し落ち着いた声が響いて、胸の奥がふっと軽くなる。
私は椅子に腰をおろし、カバンを横に置いた。
「……三輪さん、ちょっと変わった」
「変わった?」
「うん。今日ね、文化祭の準備で一緒に作業して……。高木さんが作ったポスターを見て、いつもなら嫌味言うのに、なんか……ちょっとだけ優しい言い方だった」
口にしながら、自分でも信じられない気持ちになる。
三輪さんの表情が、苛立ちや怒りだけじゃなくて、ほんの少し拗ねたみたいに見えたこと。
それを思い出すと、なんだか胸の奥がざわざわしてしまう。
「ふむ。それは“前と違う”ってことだね」
「……うん。なんか、前より……怖くなかった」
言いながら、はっとしてしまった。
怖くない三輪さん。そんなの、今まで想像もしてなかった。
ヒトコが間を置いてから、優しく問いかけてきた。
「その変化を、凛さんはどう感じた?」
私は机の角に視線を落とし、しばらく黙り込む。
「……ちょっと、安心した。私、三輪さんに嫌われてるって思ってたから。でも……ほんとは違うのかもしれないって思った」
言葉にすると、不思議と胸がすっとした。
「なるほど。じゃあ、その“ちょっと違う三輪さん”を、これからどう見ていくかが次の一歩ですね」
「……見ていく?」
「そう。三輪さんを“怖い人”だけじゃなくて、“変わるかもしれない人”として見てみる。それだけでも、会話の仕方が少し変わると思います」
私は小さくうなずいた。
確かに、あの時の表情は、私が知ってる三輪さんとは違った。
もしかしたら、ちゃんと話せる日が来るのかもしれない。
「……ヒトコ、ありがとう。少しだけ、勇気が出た気がする」
筐体のランプが、安心するようにやわらかく点滅した。
その光を見ながら、私は胸の奥に生まれた小さなぬくもりを、両手で包むように感じていた。




