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三輪の影

呼び出しの声は、いつもより低く聞こえた。片桐先生の机の向こう側に座らされて、私は床に落ちた窓の光をぼんやりと見ているだけだった。胸の中のモヤモヤは、昨日から消えるどころか重たく膨らんでいく。


「莉央、クラスから聞いたんだが、綾瀬さんに対してどういう発言をしていたんだ?」

先生の声は事務的で、こちらの表情をじっと探る。


言葉がつっかえる。どう説明すればいいか、どこから話せばいいか、そんなことを考えているうちに、先生の問いかけがもう一度繰り返された。教室のざわつきや、朝の小さな会話の断片が頭の中で流れる。――「ロボット」「空気読めない」そんなふうに笑いながら言ったことは事実だ。ふざけて言ったつもりでも、あいつらは受け取る側でしかない。


「……別に、そんな大したことじゃないです」

口から出た言葉は、案外薄っぺらくて、私自身が驚いた。防御の言葉。自分を守る言葉。


先生はため息交じりに私を見て、メモをぱっと閉じた。「そうか。今日はこれでいい。もう行きなさい」

その言い方が、私の中の何かを砕いたように感じた。呆れられた、見捨てられた――そんな気持ちが猛スピードで押し寄せる。


「ちがう……」と言いたくなる。泣くのはだめだと、朝から自分に言い聞かせていた。でも、胸の奥で圧し潰されそうになっていた感情は、教師の冷たい切り上げで耐えきれなくなった。


席を立とうとして、足がふらつく。廊下の光が遠く、私には眩しすぎる。頭の中で、空の顔が浮かぶ。昨日、あの子が言ってくれたこと。綾瀬と話したい、って。私の知らないところで、私が“味方”だと思っていた子が、自分の意志を出している。いい子でいるだけの空が、自分の言葉で立っている。羨ましい。腹が立つ。誇らしいようで、悔しい。


涙が、こらえきれずに一粒、頬を伝った。すぐにそれが二つになり、三つになった。自分がこんなに脆い人間だったなんて、信じられなかった。泣くのは弱さだってずっと思ってきた。そうすることで誰かに利用されることもあった。だから私は泣かないって決めていたはずなのに。


「三輪、大丈夫か?」

片桐先生の声が戻ってきて、私はついに目を伏せた。目の前の世界がぼやけて、言葉が塊になって口に詰まる。今ここで先生に気持ちを伝えたいわけじゃない。謝罪したいわけでもない。ただ、嫌われたくない。その一心が胸を締めつける。


廊下の向こうから子供たちの笑い声が漏れてくる。眩しくて、まぶたを閉じたくなるような明るさだ。私はその光の中に入れず、いつも暗い縁側に置かれた人形みたいに感じる。誰かが眺める対象ではあるけれど、温度が届かない。


嗚咽をこらえながら、私は震える手をポケットに突っ込んだ。爪が肉に食い込む。痛みで現実に戻ろうとしている自分がいた。涙は止まらない。どうして私は、こんなにも弱いんだろう。どうして、こんなことで胸が張り裂けそうになるんだろう。


先生は机越しに席に残る私をしばらく黙って見ていた。その沈黙がさらに重かった。言葉が出ないまま、私は自分を責め続けた。空が言ってくれた「話したい」という言葉が、刃のように心に刺さる。羨ましさも、恐れも、すべて混ざったまま、私はただ、顔を両手で覆ってしまった。


周りは眩しいのに、私だけが暗いところで震えている。そんな事実が、胸の中でゆっくりと確かになっていった。

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