三輪の気持ち
なんで、こんな気持ちになるんだろう。
教室の隅で机に肘をつきながら、私は窓の外をぼんやり見ていた。放課後の光はやけに柔らかくて、こんなに穏やかなのに、私の胸の中だけはざわついて落ち着かなかった。
そこに空がやってきた。普段なら「ねぇ、ちょっといい?」なんて、軽く話を切り出す子なのに、今日は妙に真剣な顔をしていた。私の胸が嫌な予感でギュッと縮む。
「莉央、話したいことがあるの」
その声は低く、迷いがなかった。
空は息を吸い込んで、続けた。
「この前のことなんだけどね……綾瀬さんが呼び出されてたの、特別扱いとかじゃなかったんだよ。発達障害があって、そのことで面談してただけ。私も先生から聞いて、ちゃんと分かったから。」
頭では理解した。理屈としては納得できる。だけど、気持ちが全然追いつかない。
じゃあ、私が抱いてきたモヤモヤとか、今までの苛立ちは何だったの? 私だけが悪者になってたみたいじゃない。
そのうえ空は、さらにとんでもないことを言った。
「それに……私、これからも綾瀬さんと話したい。」
耳を疑った。空が? なんで?
今までずっと、私の後ろにいて、私の言うことをちゃんと聞いて、余計なことは言わない子だったのに。どうして急に、自分の意思をぶつけてくるの。しかも綾瀬さんなんかと――。
「は?」としか声が出なかった。
私の反応を見ても、空は目を逸らさずに言葉を重ねてくる。
「裏切りたいわけじゃないの。莉央と一緒にいるのも大事だよ。でも……綾瀬さんとも話したいんだ。莉央がいるときは話さないから、私が話すだけは許してくれない?」
気遣いの言葉だって分かる。私の気持ちを考えてくれてるのも伝わってくる。だけど、それが余計に苦しい。
私に配慮しながらも、自分の意思をはっきり言える空が眩しくて――そして、羨ましくてたまらなかった。
「……勝手だよね、そういうの」
やっと絞り出した言葉は、自分でも驚くほど冷たかった。
空が少し肩をすくめて、寂しそうに笑った。私の方がひどいことをしてるのに、なんでそんな顔をするの。なんで私じゃなくて、綾瀬さんに向かって笑おうとするの。
「無理に答えなくていいよ、莉央。大丈夫。」
そう言って、空は静かに席を立ち、私の前から離れていった。
残された私は、机の上で手を握りしめる。爪が食い込むくらい強く。それでも、胸の中のドロドロは消えてくれなかった。
――私って、こんなに醜かったんだ。
友達を縛りたいだけで、思い通りにならないと腹を立てて。空が優しくしてくれるほど、私の醜さばかりが浮き彫りになっていく。
窓の外は赤く染まっていた。夕焼けがやけに綺麗なのに、私にはまるで届かない。
知らないうちに涙がこぼれた。悔しさか、嫉妬か、哀しさか――もう分からない。ただ、胸の奥に残るのはどうしようもない虚しさ。
空はきっと変わろうとしてる。
でも私は……? 何も変われないまま、こんな醜さを抱えて立ち尽くしてる。
私は震える手で、携帯のメモ帳に書き留めた。
〈謝る〉――それだけ。
できるかどうかも分からない。でも、このままじゃ嫌だ。
私だって、本当は……。




