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小さな一歩

夕食を終え、私はいつものようにリビングの筐体に座った。

目の前の画面に映るヒトコの顔が、ゆったりとした笑みで私を迎える。


「今日もたくさん考えていたみたいですね、凛さん」


その一言に、胸の奥が少し痛んだ。

うまくいかない。高木さんとも、三輪さんとも。

気づけば、教室で誰かと自然に笑うこともできなくなっていた。


「……私、どうしたらいいんだろう」

ノートを開き、震える文字で今日の気持ちを書きながら呟いた。

「話したいのに、声が出ない。気になっているのに、何もできない……」


ヒトコは少し首をかしげるように表示を変え、静かに答える。

「凛さんは、すぐに大きな答えを出そうとしていませんか?」


「大きな答え……?」


「例えば、“関係を戻さなくちゃ”とか、“仲直りしなくちゃ”とか。

でも、最初の一歩はもっと小さくてもいいんです」


私はペンを止め、ヒトコの言葉を待った。


「“また話したいな”と心で思ったことを、そのまま伝えてみる。

“この前のこと、少し気になってる”とだけ言ってみる。

それも立派な一歩です」


「……それでいいの?」

声が震えた。そんな小さなことで、本当に変わるのだろうか。


「はい。小さな一歩が積み重なって、大きな変化になります。

凛さんが“伝えたい”と思った気持ちを、そのまま形にしてみましょう」


私はノートに「また話したい」と書いてみた。

たった五文字。それだけなのに、胸がどきどきした。


「……言えるかな」

「練習してみますか?」


ヒトコの提案に、私は顔を赤くしながら小さくうなずいた。

そして画面を見つめ、蚊の鳴くような声でつぶやいた。


「……また、話したい」


画面の中で、ヒトコがふわりと笑った。

「はい、素敵な声でした。きっと届きますよ」


その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。

何もできない私じゃなく、ほんの少しだけ“できる”私に近づけた気がした。


ノートに今日の言葉を写しながら、私は小さく息を吐いた。

——明日、勇気を出せるだろうか。

それでも、今日より少し前に進める気がした。

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