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届かない心

朝の教室は、以前よりも静かに感じられる。

窓から差し込む光も、机の並びも、何も変わっていないはずなのに――。


少し前までは、高木さんが「おはよ」と声をかけてくれた。

秘密の朝のおしゃべりがあって、それが私の一日の始まりになっていた。

けれど今は、彼女は私の机に近づかない。

ちらりと目が合っても、すぐに逸らされてしまう。


……もう、来てくれないのかな


胸の奥がきゅっと縮む。

あの短い時間が、どれだけ支えになっていたのか、なくなって初めて気づいた。

言葉にできない気持ちを、一緒に探してくれる人。

私がうまく言えないことも「わかるよ」と頷いてくれる人。

その存在が、今はいない。


三輪さんのほうも変わった。

以前のように直接、強い言葉を浴びせられることは減った。

目が合えば不機嫌そうに睨まれることはあるけれど、それ以上はない。


嫌われてるのは……変わらないんだよね


だけど、不思議とそれすらも心に残る。

どうしてあんなふうに怒ったのか。

どうして片桐先生の前では、あんなに明るい笑顔を見せられるのか。

私の中で答えの出ない問いが、ずっと渦を巻いている。


昼休み。

みんながグループで集まって笑い合う声が響く中、私は机に突っ伏していた。

本を読む気にもなれず、ヒトコを起動するわけにもいかず、ただ机の木目を指でなぞる。


私……なにをすればいいんだろう


高木さんにも、三輪さんにも、何かを伝えたい。

でも口にしようとすると、喉が詰まって声が出なくなる。

言葉が遅れて、気持ちに追いつかない。

結局、何もできないまま時間だけが過ぎていく。


「……もどかしい」

小さくつぶやいた声は、ざわめきの中に溶けて誰にも届かなかった。


ーーー


放課後。

帰り道の空はやけに広くて、歩いても歩いても胸の重さは消えなかった。

あの朝の秘密の時間が戻ってこないこと、三輪さんに問いかけた言葉が彼女を遠ざけてしまったこと。

全部、自分のせいなのかもしれないと思うと、心が苦しくなる。


(私、間違えたのかな……)


でも、ただ黙っていることも、もう嫌だった。

わからないことはわからないままになる。

言わなければ、届かないままになる。


それが怖いから、余計に一歩が出ない。

足元を見つめながら歩いていると、靴のつま先に夕陽が赤く反射して揺れた。


――何もできない自分が、悔しい。


そう思った瞬間、涙がこみあげて視界がにじんだ。

慌てて袖で拭っても、次から次へとあふれてくる。

こんなふうに泣いている理由を、私自身がいちばん知りたかった。


家に帰り、リビングでヒトコを起動した。

けれど何も言葉が出てこない。


「……ねぇ、ヒトコ」

ようやくしぼり出した声は震えていた。


「私、どうしたらいいんだろう」


けれど返事を待つ前に、胸の奥から溢れそうになるものを抑えきれず、私は小さく唇を噛んだ。

泣きながらもどかしさを抱えるしかできない自分が、悔しくて、情けなくて――。


それでも。

この気持ちを抱いたことだけは、無駄じゃない。

どんなに小さくても、今の自分にとっては「気づき」なんだと、心のどこかで思っていた。

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