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揺れる心の整理

夕食を終え、片づけを済ませると、私はいつものようにリビングの椅子に腰を下ろした。

目の前のテーブルに置かれた筐体の画面には、ヒトコの穏やかな光が灯っている。

誰もいない夜のリビングで、私とヒトコの対話が始まる。


「こんばんは、凛さん」

「……こんばんは」


少し間を置いてから、私は今日の出来事を話し始めた。

職員室での呼び出しのこと、三輪さんが怒っていたこと、そして――思わず口にした問いかけのこと。


「……三輪さんに、“片桐先生のこと好きなの?”って聞いちゃった」


ヒトコの画面に、一瞬だけ考え込むような沈黙が走る。

そして、落ち着いた声が返ってきた。


「なるほど……。それで三輪さんは、どのように反応しましたか?」

「すっごく怒ってた。でも……なんか、いつもの怒り方と違った気がする。顔も赤くて、声も震えてた」


言葉にしながら、昼間の三輪さんの表情を思い出す。

不安そうで、隠そうとして隠しきれなくて、でも否定するしかなくて。

怒りの裏側に、別の感情が透けて見えていた。


「私、また間違えたんだね……」

ぽつりと呟くと、ヒトコがすぐに応えた。


「“間違えた”という言い方は、少し厳しすぎるかもしれません。凛さんはただ、疑問を言葉にしただけです。三輪さんにとって予想外だったから、強い反応が返ってきたのではないでしょうか」


「でも……あんなに怒らせちゃって。もし本当に好きだったら、からかってるみたいに聞こえたかも……」

胸の奥がずしんと重くなる。


ヒトコはゆっくりと言葉を選ぶように答えた。

「人の“好き”はとても繊細な感情です。特に恋愛感情は、自分からは簡単に言えないことも多い。だから、他人に気づかれると動揺したり、否定したりすることがあります」


「……私、どうすればよかったの?」

思わず問いかける。

今日一日、ずっと頭をぐるぐるしていた疑問だ。


ヒトコは淡々としているのに、どこか優しい声で返してくれる。

「大切なのは、“本当に確かめる必要があったのか”を考えることです。凛さんは“なぜ自分をいじめるのか”を知りたくて、その一部として恋愛感情を疑いましたね」


「……うん」


「けれど、原因を知ることと、相手の秘密を無理に暴くことは、少し違います。三輪さんが片桐先生を好きかどうかは、本人が話したいときに話すもの。凛さんが知りたい気持ちは自然ですが、それを直接問いかけたのは少し急ぎすぎたのかもしれません」


私は膝の上で指を絡ませた。

「……急ぎすぎ」


「はい。ただし、失敗と決めつける必要もありません。三輪さんは動揺していましたが、それは“図星”だった可能性も高いです。そして、凛さんの一言で彼女の中の気持ちが少し揺れ動いたのかもしれません」


「……じゃあ、私が悪いことをしたわけじゃない?」


「悪い、というより“不器用だった”と言えるでしょう。凛さんは最近、自分の感情を言葉にできるようになってきましたね。その過程で、時には相手を驚かせたり、怒らせたりすることもあるでしょう。でも、それは成長の一部です」


画面越しに響く声は、まっすぐに私の胸に届いた。

少しだけ肩の力が抜ける。


「……でも、じゃあこれからどうすればいいの?」


ヒトコは少し考えてから提案した。

「まずは、三輪さんの反応を“怒りだけ”として受け止めないことです。そこには“恥ずかしさ”や“恐れ”といった別の感情も隠れている可能性があります。凛さんができることは、その感情を無理に暴くのではなく、“私は敵じゃないよ”という姿勢を見せ続けることです」


「敵じゃない……」


「はい。いじめられてきた経験から、凛さんの中には“相手は敵だ”という思い込みが残っているかもしれません。しかし今は、高木さんや三輪さんとの関係が少しずつ変わり始めています。その変化を急がず、見守りながら、自分の気持ちを整えていきましょう」


私は深く息をついた。

今日ずっとまとわりついていたもやもやが、少しずつ薄れていくのを感じた。


「……うん。ありがとう、ヒトコ」

「どういたしまして」


画面に優しい笑顔が映る。

私はノートを開き、ヒトコと話したことをゆっくり書き留めていった。


「“私は敵じゃない”……それを忘れないようにしよう」

そう心の中で繰り返しながら、ペンを走らせた。

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