口にした真実、隠された想い
朝の騒ぎを耳にした片桐先生から、私と三輪さん、それに高木さんは職員室に呼び出されていた。
緊張で胃がぎゅっと縮む。長い廊下を歩く間ずっと心臓が早鐘のように鳴っていた。
「――何があったんだ? 大声で喧嘩してたって聞いたぞ」
片桐先生は椅子に腰かけたまま、組んだ腕を解き、三人をじっと見渡した。
重苦しい空気が漂う。蛍光灯の光がやけにまぶしく感じられた。
三輪さんと高木さんは顔を見合わせ、そして同時に口を閉ざした。
張りつめた沈黙が落ちる。秒針の音がやけに大きく響いていた。
「……もしかして、綾瀬がなにかしたのか?」
片桐先生の視線が私に向いた。
その問いに、胸がちくりと痛む。私は「またか」と思った。
発達障害であることを知っている片桐先生にとって、最も可能性が高いのは私。そう判断するのは自然なのだろう。だけど――少しだけ、悔しかった。
「ぇ、いや……」
すかさず、高木さんが小さく首を振った。
その声に少し救われる。
「じゃあ、なんだ? 一体どうしたんだ?」
片桐先生は苛立ちを隠さないまま、私たち三人を順に見てくる。
けれど、三輪さんも高木さんも顔を逸らし、視線を合わせようとしなかった。
そして――。
「綾瀬、何があったんだ?」
真正面から目を射抜かれるように見つめられ、私は息をのむ。
喉がからからに乾く。でも、隠すことはできなかった。
私はただ、聞かれたことに答えた。それがいつもの私のやり方だから。
「私は……」
小さく声を出す。すると二人が同時にぎょっとしたように振り向いた。
止めてほしそうなその目に気づきながらも、私は言葉を続けていた。
「なんで三輪さんが私をいじめるのか、知りたくて……話を聞いただけです」
一瞬、空気が凍りついた。
次の瞬間、三輪さんの手がぱっと私の口元を塞いだ。
「なっ……なに言ってんの!? じょ、冗談やめてよ!」
声が裏返っていた。
「私たち仲良しじゃん! 今日はちょっと喧嘩しちゃっただけ! ねっ!? そうだよね!」
必死に笑顔を作ろうとする三輪さん。けれどその目は笑っていなかった。
その圧に押され、私はただ小さく頷いてしまった。
「……本当か? それに、いじめって……本当に大丈夫か?」
片桐先生の疑わしげな声。
私は答えられずにいると、三輪さんが食い気味に叫んだ。
「ほんとに喧嘩しただけです! もう仲直りしました! だから失礼します!」
そう言って、私と高木さんの腕を乱暴に引っ張り、職員室を飛び出した。
廊下を勢いよく歩き、人気のない渡り廊下まで来ると、ようやく立ち止まる。
「ねぇ! まじありえないんだけど!? なんであんなこと言うの!? ほんっと最悪!!」
振り返った三輪さんの顔は真っ赤に染まっていた。怒りと焦りが混ざった表情。
「空気読めなさすぎ! 信じらんない!」
ぶつぶつと文句が止まらない。
私はただ下を向いていた。心臓の音が耳の奥で響く。
――間違っていたのだろうか。私はただ、事実を答えただけなのに。
その時、隣にいた高木さんが小声で囁いた。
「ごめんね……私も綾瀬さんが話したの、びっくりしちゃったけど……。今朝言ってた“発達障害”って、こういうことだったのかなって思った。あらかじめ相談しておけばよかったね」
「私も……ごめん。言っちゃダメだったんだね」
小さな声で言うと、高木さんは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
その笑顔に、ほんの少し救われる。だけど、胸の奥の重さは消えなかった。
「ねぇ! アンタたちのせいなんだけど、わかってんの!?」
三輪さんの怒りは収まらず、再びぶつけられる。
突き刺さるような視線。私は思わず小さく身をすくめた。
「……ごめんなさい。聞かれたから、答えなくちゃって思って……」
自分でも情けない声だと思った。
けれど、それが私の精一杯だった。
「だからって! あんな言い方はダメに決まってるでしょ!? ほんっと空気読めないんだから!」
三輪さんの叫びが、冷たい廊下に響いた。
私はその場に立ち尽くし、自分の言葉の重さと、どうしていいかわからない苦しさに押しつぶされそうだった。
――どうして私は、正直に言うとこんな風になってしまうんだろう。
心の中で繰り返し問いながら、ただ俯くしかできなかった。




