秘密に触れる朝
朝。
まだ誰もいない教室に、カーテン越しの光が柔らかく差し込んでいた。
私はいつものように早めに登校して、自分の席に荷物を置くと、隣に座った高木さんと小さな声で話をしていた。
「へぇー、ワークショップとかあるんだ」
きっかけは昨日のほのかとの時間のことだった。楽しかったこと、たくさん話したこと、その延長で「どうして出会ったか」を説明しているうちに、私は自然と自分が発達障害だということを口にしていた。
高木さんは興味深そうに首をかしげる。
「発達障害かぁ。最近ニュースとかで聞くけど、正直よく分かんないなぁ。何が違うの?」
「えっと……」
どう言えば伝わるんだろう。頭の中で言葉を探しながら、私はゆっくり答えた。
「自分の気持ちが分からなかったり、すぐ忘れちゃったり、周りの空気が読めなかったり……そういうの、かな」
高木さんは少し考えるように天井を見上げた後、「えー?でもさ、そういうのって私たちもあるし、そんなに変わんないんじゃない?」と首をかしげる。
私は返す言葉を探して口を開きかけて、すぐに閉じた。どうすれば分かってもらえるんだろう。人によっては「誰でもあるよ」で終わってしまう。でも私にとっては、それが毎日のように壁になる。伝えたいのに、言葉が出てこない。
困り果てて黙っていると、高木さんが少し笑って言った。
「ま、でも。綾瀬さんが最初ロボットみたいに見えたのって、そういうことのせいだったんだね」
「……うん」
少しでも伝わった気がして、胸の奥がふっと軽くなる。私は大きく頷いた。
高木さんは、そこでふと思い出したように声を潜めた。
「あ、もしかしてさ。片桐先生に呼ばれて話してるのって、それ関係?」
私は少し驚いたけれど、正直に頷いた。
「そう。先生には発達障害のこと、ちゃんと伝えてあるの。それで月に一回くらい、面談みたいに話す時間があるんだ」
「……そっか」
高木さんは一瞬、眉をひそめた。何か思うところがあるのかもしれない。少し気まずそうに、手元のペンをくるくる回していた。
私は少し迷った後で、前から気になっていたことを切り出す決心をした。
「ねえ、高木さん。聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
向き直った高木さんに、私は深呼吸して心を落ち着ける。
「先週、三輪さんが片桐先生と話してるのを見て……それから色々考えたり調べたりしたんだ。違ったらごめん。でも、もしかして三輪さんって、片桐先生のこと好きなのかなって」
一瞬で、高木さんの表情が凍りついた。
みるみる頬が青ざめていく。目を泳がせ、唇を噛みしめて、何か言おうとしては飲み込み、また言おうとしては止まる。
「えっ……えーっと、それは、その……」
右往左往する高木さんの声が頼りなく揺れる。私はその答えを待つように、ただじっと見つめていた。
けれど――。
「ねぇ、空。なんでそいつと話してんの?」
不機嫌そうな声が、背後から突然降ってきた。
ぞくり、と背筋が冷たくなる。私たちは話に夢中で、人の気配に全然気づいていなかった。
ゆっくり振り返ると、そこには三輪さんが立っていた。腕を組み、睨みつけるようにこちらを見下ろしている。その表情には笑みのかけらもなく、ただ鋭い不満と苛立ちが滲んでいた。




