知らない気持ちを一緒に考える
夏休みが明けてしばらく経った午後、ほのかが私の家に遊びに来た。
「やっほー、リンリン!」
玄関から元気な声が響いた瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。変わらない明るさに、私は安心した。
リビングに案内すると、ほのかの目はすぐにヒトコの筐体へと向いた。
「わぁー、この子がヒトコ? すごーい、ビデオ通話みたい! やっほー!」
画面に顔を近づけて、無邪気に手を振る。
「こんにちは」
ヒトコが柔らかい声で応じると、ほのかは飛び上がるように驚いた。
「わぁ! 本当にしゃべった! ……って、当たり前か。リンリンから話聞いてたもんね」
興味津々のほのかは矢継ぎ早に質問を投げかける。
「何歳ですか?」
「私に年齢という概念はありません。初回起動時からと考えるならば、現在は約四ヶ月です」
「好きなものは?」
「この人格にそのような設定はされていませんが……あえていうなら、人と話すことになると思います」
そのやりとりが妙におかしくて、私はくすっと笑ってしまった。AI相手にする質問としては少しずれているけど、ほのからしい。
「やっぱAIなんだねー。でもさ、話してる感じはほぼ人間じゃん。すごー」
ほのかは感心したようにしばらくヒトコと話していたが、やがて満足したのか私の前に座り、お茶を一口。
「ねーねー、リンリン。学校どうだったー? いっぱいおしゃべりしたかったんだー」
LINEでは何度もやりとりしていたけど、直接会って話すのはまた違う。ほのかは言葉が止まらない様子だった。
「私さー、学校では頑張ってしゃべんないようにしてるんだ。だって前に“うざい”とか“ワガママ”とか言われたからね。でも話しかけられると、ついわーって喋っちゃって……それで離れて行っちゃうの。あ、でもね、友達がいないわけじゃないよ? こんな私を“おもしろーい”って言ってくれる子もいるんだ。でもその子、隣のクラスだから教室では話せないの」
ほのかは笑いながらも、少し寂しそうに言った。
私は「うん、うん」と頷きながら耳を傾ける。
やがてほのかが首を傾げ、こちらを見つめた。
「で、リンリンは? 学校どうだったの?」
少し迷いながらも、私はゆっくりと話し始めた。
ガヤガヤした教室のこと。ノートに気持ちを書き留めていること。そして――朝の秘密のおしゃべりのこと。
「その人ってどんな人?」
「うーん……私をいじめてた人」
「えっ!? それって悪い人じゃん! でも朝、色々話してるってことは……いい人??」
ほのかは混乱して目をぱちぱちさせている。私も説明しながら、自分でも整理がつかない気持ちを抱えていた。
「悪い人って思ってたけど、話してるとそうじゃない気がして……。いじめてたり、苦手な人にも理由があるのかもしれないって」
「でも、悪いことしてるのは変わらないよー!」
ほのかはぷくっと頬を膨らませ、怒ったふりをする。
私は小さく笑いながら、それでも「理由を知りたい」と口にした。
「仕方ないなぁー。じゃあ私も一緒に考えてやろう!」
胸を張るほのかの姿に、つい笑ってしまう。
そこで、私はふと思い出した。
「そういえば……三輪さんが先生と楽しそうに話してたんだ。その顔が、すごく印象に残ってて」
「先生と? え、それって恋愛ってやつ?」
「多分、そう……かも?」
「えー、いじめてる子が先生のこと好きってこと? うーん、関係あるのかなー。リンリン、その先生に告白でもした?」
私は慌てて首を振った。
「そんなことしない。むしろ苦手だし」
「じゃあ、特別扱いされてるとか?」
「特別扱い……?」
その言葉に、胸の奥で何かが引っかかった。
「……あ、そういえば」と小さく呟く。
私は発達障害があることで、月に一度ほど先生に呼ばれて面談のような時間を持っている。それは当たり前に思っていたけど――他の子から見たら「特別」に映るのかもしれない。
ほのかは目を丸くしてから頷いた。
「それだよ、それ! みんながやってないことをリンリンがやってるなら、そう見えるかもねー」
「でも……だからって、意地悪する?」
「それはまた別! でも理由にはなるんじゃない?」
私は考え込み、首をかしげるばかりだった。
理由があるとしても、だからといって傷つけていいわけじゃない。
でも、理由がわかれば……私がどう受け止めるかは変わるのかもしれない。
そんなふうに思う自分がいることに、少し驚いていた。




