朝の教室
朝、いつもより少し早く教室に着いた。窓の外を眺めると、まだ薄い朝の光が校庭に差し込んでいた。誰もいない静かな教室は、少しだけ心を落ち着けてくれる。私は机に肘をつき、外の景色をじっと見つめた。
そのとき、そっと声がした。
「おはよう」
振り向くと、高木さんが立っていた。控えめな声に、私も小さく返事をする。
「おはよう……」
また外を見ようとした瞬間、高木さんが私の席の隣に座った。
「あの……昨日は、ごめん。私、莉央ちゃんがひどいことしてるって思ってても、止められなくて……。今日は、それを伝えたくて早めに来たの。もしかしたら、綾瀬さんがいるかもって思って」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。どんな顔をすればいいのか、まったくわからなかった。
「ううん、大丈夫」
もっと自然で温かい言葉があったはずだけど、私の口から出たのはそれだけだった。小さな声は教室の静けさに溶けて、少し心が落ち着く。
高木さんはじっと私の顔を見つめる。視線が痛いわけではないのに、胸の奥がざわざわする。私は慌てて視線をそらし、机に置いた手のひらを握りしめた。
「綾瀬さん、やっぱり……なんか変わった? 雰囲気が柔らかくなったというか……」
高木さんの呟く声に、私は思わず顔を上げた。心臓が少し跳ねる。
「表情、豊かになったね。全然ロボットじゃないじゃん」
笑いかけられたその顔に、私は視線を釘付けにされた。頬が少し熱くなり、思わず口角が上がるのを感じる。こんな感覚は久しぶりで、ちょっと戸惑った。
――そのとき、遠くから声が聞こえた。
「あ! ごめん、綾瀬さんと話してるの、莉央ちゃんに見つかると怒られちゃうから、またね」
高木さんは小さく手を振り、席に戻っていく。その背中を見送ると、胸が少しだけふわっと軽くなった。
初めてのことが多すぎて、頭がいっぱいになる。心臓のドキドキも、少しだけ落ち着かない。私はふと思い出した。ヒトコが教えてくれたこと――「感情を整理するには、声に出すか、書き出すのがいい」と。
慌ててノートを開き、今日の出来事を順番に書き留めていく。高木さんが謝ってくれたこと、私の変化に気づいてくれたこと、そして胸が少し温かくなったこと。文字にすることで、ざわざわしていた感情が少しずつ形になっていく。
気づくと、どうしても口角が上がっている自分に驚いた。無理に抑えようとしても、自然に笑みがこぼれる。それを見て、私は小さく息をついた。
「……これも、変化なのかな」
ヒトコの言葉を思い出す。感情は消すものじゃなく、少しずつ整理していくもの――そう、私は少しだけ前より、自分の感情と向き合えるようになっている。胸の奥のざわざわも、今日は少しだけ、心地よく響いている気がした。




