気づかない変化
最後のワークショップの後は、朝比奈先生との面談だった。
外来の待合室に入ると、柔らかい光が差し込む窓辺に小さな観葉植物が並んでいる。椅子に腰を下ろすと、少し緊張して手のひらを膝の上で重ねた。
「こんにちは、凛さん。最近はどうでしたか?」
先生は穏やかな声で、いつものように微笑みながら話しかけてくれる。
その笑顔に少しだけ肩の力が抜ける。
ワークショップでの出来事、ヒトコとのやりとり……いろいろなことを思い浮かべながら、ゆっくりと口を開く。
「……あの、最近、少しだけ……自分でも変わったかな、って思うことがあって」
小さな声だったけれど、先生はじっと私を見つめ、うなずく。
「そうですか。どんなところが変わったと思いますか?」
その問いに答えようと、胸の奥で色々な感覚が行き交う。
LINEのやりとりが少し長く続けられるようになったこと、ワークショップで自分の気持ちを書き出せるようになったこと、ほのかと買い物に行った時に自分の意見を少しだけ伝えられたこと……。
でも、言葉にすると少し照れくさく、なんだか変な感じがした。
「うん、例えば……LINEの時とか、前より自分の気持ちを伝えやすくなった気がします」
小さく声にすると、先生はやわらかく笑った。
「そうですね、凛さん。最近は表情も明るくなりましたし、口調も以前より自然になってきましたね」
口調……?
自分ではあまり意識していなかったけれど、確かに以前の私は、誰かに話すとき、少し硬く、言葉を選びすぎる傾向があった。
それが今は、自然に口から言葉が出るようになっていると言われて、胸の奥が少しじんわり温かくなる。
同時に、ほんの少しだけ戸惑いもあった。
変わったのは嬉しいけれど、前の自分と比べて「このままで大丈夫なのかな」という小さな不安も混ざっている。
「……そうですか……口調、ですか」
声が少し震える。変わったことを褒めてもらっているのに、どうしてだろう、ちょっと照れる。
「自分ではあまり意識してなかったので、なんだか不思議です」
先生は頷き、静かに言葉を続ける。
「変化を自覚できること自体が、成長の証です。もちろん、最初は少し戸惑いもあるかもしれません。でも、それは自然なことですよ」
その言葉に、少しだけ胸のざわざわが和らぐ。
変化が嬉しい一方で、まだ自分の中に残っている小さな不安も受け止めてもらえる感覚があった。
「それに、凛さんが表現することに対して、周りの反応を気にしすぎずにいられるようになったのも大きいです。自分の気持ちを素直に出すことが、少しずつ自然になってきています」
胸の奥にぽっと明かりが灯るようだった。
あの、もやもやしていた感覚――自分の意見や気持ちを言うことへの恐れが、少しずつ薄くなっているのだと気づいた。
でも同時に、心のどこかで小さな疑問が浮かぶ。
「でも……このままで本当に大丈夫なのかな。無理して明るくしてるんじゃないかな」
その不安も確かにある。けれど、先生はその言葉を遮らず、ただ静かに聞いてくれた。
聞いてもらえるだけで、胸のもやもやが少しずつ整理されるような気がした。
面談の最後、先生は柔らかく微笑んで言った。
「凛さんは、自分でも気づかないうちに、いい方向に変わってきています。自分を否定せず、少しずつ進んでいけば大丈夫。焦らなくていいですよ」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。照れくさい気持ちと、素直に嬉しい気持ちが混ざって、少し不思議な感覚。
帰り道、教室の窓から差し込む光がまぶしい。
変化を喜ぶ気持ちと、少しの不安を抱えながらも、私は小さく心の中でつぶやく。
「……私、少しずつ変わってきてるんだ」
まだ名前のつかない感情もあるけれど、それを胸に抱えながら、少しずつ歩いていこうと思えた。




