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一歩、踏み出す

朝。

キッチンにはトーストの香ばしい匂いと、カップから立ちのぼる湯気。

母が新聞を畳む音を聞きながら、私はバターを塗ったパンをもぐもぐと噛んでいた。


ふと、口の中のパンが少し重たく感じて、私は切り出した。

「……ねぇ、嫉妬したら、どうしたらいいかな?」


母は、カップを口元に運びかけた手を止めて、少しだけ目を丸くした。

けれどすぐ、ふっと優しく笑った。


「私はね、『嫉妬したんだ』って素直に教えてもらった方が嬉しいかなー。嫉妬してると、つい嫌なこと言っちゃいそうになるけど、そうするよりも……なんで嫉妬したのか言ってもらえた方が、ずっといいと思うよ」


母の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。


「でも……話すと、もっともやもやしそうで。こんな嫌な気持ちを持ってるのが嫌なの」

自分でも子どもっぽいと思いながら、目線を落とす。


母はふっと微笑んだ。

「そっかぁ。でもね、それは悪いことじゃないのよ。それだけ、好きが詰まってるってことだから」


“好きが詰まってる”

その言葉が胸の奥に落ちて、じんわり広がる。

なんだか少し恥ずかしくて、私はトーストの端っこをちぎって口に放り込んだ。


ーーー


朝食を食べた後、机の上のヒトコを起動した。

「嫉妬の気持ちは……どうしたらおさまる?」


ヒトコは一拍おいて、落ち着いた声で答える。

「統計によると、嫉妬を感じたときに有効なのは三つの方法です。

一つ、相手に率直に感情を伝える。

二つ、自分の感情を書き出し、理由を整理する。

三つ、相手と過ごした楽しい記憶を思い出し、不安をやわらげる」


淡々とした声なのに、不思議と背中を押されるような感覚があった。


「……話してみようかな」

自分の声が、思ったよりもはっきり出ていた。


ほのかに、この気持ちをちゃんと話してみる。

そう決めた瞬間、胸のもやもやがほんの少しだけ形を変えた気がした。


ーーー


ヒトコからのアドバイスを、全部やってみることにした。


まず、「なんで嫉妬したのか」を紙に書き出す。

•帰りに少し話したかった

•私と話すときと同じくらい楽しそうだった

•私が必要ないように感じた


文字にすると、心の奥にあったもやもやが輪郭を持って浮かび上がる。


次に、LINEを遡って、ほのかとの楽しいやりとりを読み返す。

「リンリン、それは違う〜!」

「え、なにその絵文字w」

やりとりの中の元気な声が頭の中で響くようで、自然と口元が緩んだ。

くすくす笑っているうちに、胸のざわざわが少しずつ静まっていく。


そして、最後の方法。

「相手に率直に感情を伝える」。


私はスマホを握り、深呼吸を一つ。

画面の通話ボタンに指先を置くと、心臓の鼓動が耳の奥で響いた。

タップ音。呼び出し音。

そして――


「もしもーし!リンリン!」

スピーカー越しに、いつもの元気な声が飛び込んでくる。


「あのね……」

声が少し震えるのを感じながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「昨日、ほのかが他の人と楽しそうにしてるの見て……ちょっと、嫉妬しちゃった」


一瞬の沈黙のあと、ほのかが驚いた声を上げた。

「えぇ!? 嫌われちゃったんじゃないかって思ってたよ!そんなに好きになってくれたの、めっちゃ嬉しい!!!」


あまりに明るく、まっすぐな反応に、思わず拍子抜けする。

あんなに悩んでいた自分が、なんだかおかしくなってきた。


そのまま話題は自然と広がり、笑い声が交錯する。

気づけば、「今度一緒に買い物行こ!」と遊びに行く約束までしていた。


通話を切ったあと、胸の中の重さはもう消えていて、

代わりにほんのり温かい光が広がっていた。


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