夕食の時間、心が近づく
夕方。キッチンから漂ってくるカレーの匂い。
母の「ごはんできたよ」の声に呼ばれ、三人でダイニングテーブルにつく。
カレーライスに、サラダ、ヨーグルト。家庭の味が並ぶいつもの夕食。
だけど、今日の空気は少しだけ違っていた。
「……あのね、お母さん」
スプーンを握ったまま、柚が口を開いた。
「今日、自由研究のために、お姉ちゃんの特性のことをヒトコに聞いたんだ」
母が少し目を丸くして、手を止める。
「そうだったのね。どんなことがわかったの?」
柚はちょっとだけ言葉を選びながら、それでも真っ直ぐに言った。
「お姉ちゃんはね、人と一緒にいると、疲れちゃうことがあるんだって。だから、一人になる時間が必要なんだって」
「あと、怒ってるとか、嫌だとか、本当は思ってるのに、言えないこともあるんだって」
「言葉にする前に、気持ちがぐちゃぐちゃになって、うまく出せなくなることもあるって。そういうの……今まで、私、全然わかってなかった」
母は、ゆっくり頷きながら聞いていた。
「うん。凛は小さいころから、自分の気持ちを飲み込むことが多かったからね」
「うん。でもそれって……悪いことじゃないって思ったの」
柚がまっすぐに言った。
「私も、怒ってるとき、すぐ顔に出すけどさ。でも凛は、そうじゃないだけで……ちゃんと感じてるし、我慢してる。だから、そういうとき、待ってあげなきゃって思った」
私は、スプーンを止めて、その会話を聞いていた。
口を挟もうか迷ったけど、まだ気持ちが整理しきれていない気がして、ただ静かに、柚の言葉を聞いていた。
母がそっと微笑んで言った。
「柚がそうやって、凛のことをちゃんと見ようとしてくれてるの、うれしいな。お母さんも、わかってるつもりで、つい『どうしてできないの?』って言っちゃうことあるけど……今日、二人で話してくれてよかったね」
「うん」
柚が照れたように笑った。
「でもまだ、全部はわかってないかも。だから、これからもいっぱい話聞くつもり」
「……それ、ありがとう」
凛は、小さな声でそう言った。
柚が、自分のことを「自由研究」じゃなくて「ちゃんと向き合うべき相手」として見てくれてるのが、じんわりと胸に染みた。
そして、母がふと呟く。
「そうか……凛が一人になりたがるとき、それは『私たちを避けてる』わけじゃなくて、『自分を整える時間』だったのね。お母さん、それ、ちょっと誤解してたかもしれない」
凛は、少しだけ顔を上げた。
母がそう言ってくれるなんて、思ってもいなかった。
その一言が、心の奥で、ふわっと灯りをともした。
カレーの湯気が揺れるテーブルで、三人の間に、少しだけ新しいあたたかさが流れていた。




