わたしのこと、わたしが知ってる
柚のノートが開かれる。
自由研究のタイトルは、こう書いてあった。
『わたしのおねえちゃんをしらべるけんきゅう』
〜かんじょうと、とくせいについて〜
「じゃあ、しつもんしていきまーす」
柚が照れくさそうに言った。
「ヒトコちゃん、おねえちゃんのとくせい、おしえてください」
「はい。リンさんには、いくつかの特性があります」
ヒトコが、少し硬い声で説明を始める。
「たとえば、『音に敏感である』という特性です。人がたくさんいる場所や、声が重なる環境では、集中しづらくなったり、疲れやすくなったりします。」
柚が小さく「うーん」と唸った。
「それって……おまつりとか、にぎやかなとこ?」
「そうです。たとえば学校の給食の時間や、体育館の中なども、音の種類が多くなりやすいです。」
柚が私の方を見る。
「おねえちゃん、うるさいとこ、やだなの?」
私は少し考えてから、うなずく。
「うん。耳がいたくなったり、そわそわしてきちゃう」
「そっかー……」
柚がノートに『うるさいとそわそわしちゃう』と書きこむ。
「つぎは……『急に話しかけられるのがにがて』ってヒトコから聞いたことある!」これは、お姉ちゃんにきいてもいいですか?」
柚にそう言われて、私はうなずいた。
「うん……。なんか、急に言われると、頭が真っ白になっちゃうことがある」
「びっくりするの?」
「そう。あと、どう返したらいいか、すぐにわかんなくなっちゃって……」
ヒトコが補足するように言った。
「そのために、『準備ができている状態で話しかけられる』という工夫が有効です」
「たとえば?」
「目を合わせてから、ゆっくり声をかけたり、前もって『今から聞いてもいい?』と伝えるなどです」
柚が「なるほど……」とつぶやいて、またノートに『話しかけられるとびっくりしちゃう』と一生懸命書いている。
私は、ワークショップのアンケートを思い出していた。
自分で書いた、特性のこと。
あのときの自分が、今ここで役に立ってる気がして、なんだか変な感じだ。
「つぎは、『言葉にするのに時間がかかる』」
それは、ちょっと恥ずかしかった。
でも、ヒトコが補足してくれた。
「これは、『言いたいことがない』のではなく、『自分の中で、まだ言葉になっていない』という意味です。リンさんは、しっかりと考えてから話そうとする傾向が強いのです。」
柚がまた私を見た。
「おねえちゃん、たまにだまっちゃうの、そういうことだったの?」
私は少し笑ってうなずく。
「うん。考えてるんだけど、すぐには出てこないの」
「でもさっき、カードいっぱいえらんでたじゃん!」
「うん。あれは……ヒトコがそばにいてくれたから」
「ふーん……じゃあ、ヒトコちゃんって、けっこうすごいね!」
ヒトコが少しだけ間をおいて、
「ありがとうございます」と言った。
その声に、私と柚、ふたりで笑った。
「じゃあ……“人の顔を見て話すのが苦手”?。どうして?」
私は少し考えて、言葉を探す。
「うまく言えないけど、顔って、“たくさんの情報”があるんだよね。目とか口とか、表情とか。どこを見ればいいのか、わからなくなる」
「わかる……のかも」柚が首をかしげた。「あ、でも、喧嘩のときとか、目見て話すのすごいドキドキした。もしかして、ちょっと似てるのかな?」
その言葉に、私はふっと笑った。
「うん。ドキドキ、ずっと続く感じかも」
「なるほど……」
柚が鉛筆でメモを取りながら、真剣な顔でうなずく。
“ずっとドキドキしてたら、疲れちゃうよね”
そう、独り言みたいに呟いていた。
私は、それを聞いて、少しだけ胸の奥が温かくなった。
「次……これ。“感情の整理に時間がかかる”。これは?」
ヒトコが少しだけ間をおいて説明する。
「感情は、目に見えないものです。そして、複数の感情が同時に生まれることもあります。凛さんは、その感情を“分けて理解する”のに時間がかかることがあります」
柚はまた顔を上げ、私の目をのぞき込んだ。
「怒ってるのか、悲しいのか、自分でもわかんないとき、ある?」
私は黙って、うなずいた。
「そういうときは、どうするの?」
「ヒトコと話す。……それから、紙に書いたり、音楽聴いたり」
柚が「ふーん」と言って、それからカードを並べ直すようにしながら言った。
「……なんか、すごく難しそうなこといっぱいあるのに、お姉ちゃん、ちゃんと全部がんばってるんだね」
その言葉に、私は少しだけ戸惑って、それから小さな声で返す。
「がんばってる、かな。……でも、昔よりは、自分でわかるようになってきた」
ヒトコが、そこでまた口を開いた。
「凛さんは、この一年でたくさんの“発見”をしました。自分のこと、相手のこと、そして、気持ちを伝えること。それを少しずつ積み重ねて、今があります」
柚がにっこり笑って言った。
「お姉ちゃん、ヒーローみたいじゃん」
「えっ」
思わず声が出たけれど、柚は真剣な顔で続けた。
「だって、自分のこと、ちゃんと知って、それを人に説明して、優しくなってくれて……わたし、すごいと思う」
私は何も言えなくて、ただ目をそらした。
でも、胸の奥が、ふわっとあたたかくなった。
カードの並ぶ机の上が、いつもよりキラキラして見えた。




