柚の自由研究
毎日の宿題も、だんだんとルーティーンになってきた頃だった。
机に向かってプリントに取り組んでいると、廊下からドタバタと騒がしい足音が近づいてくる。
柚だった。
「お姉ちゃーん!」
勢いよくドアを開け放つと、返事も待たずに私の手をつかんで引っぱる。
「ちょ、ちょっと待って……!」
抵抗もむなしく、私はそのままリビングに連れていかれた。
「はい、座って!」
柚に言われるがまま、椅子に腰を下ろす。目の前のテーブルには、見慣れた小さな筐体――ヒトコが鎮座していた。
柚が私の前にぐるりと回り込み、得意げな顔で言った。
「お姉ちゃん! 自由研究、柚ね、『お姉ちゃんのこと』を研究することにしたの!」
……は?
思わず目を見開く私に構わず、柚は続ける。
「それでね、ヒトコにお姉ちゃんのこと聞いたんだけど、なんかよくわかんなくて。だから、お姉ちゃん本人に聞くのが早いって思って!」
柚はそう言って、ポケットから何かを取り出した。
「あとね、ヒトコが“こういうのがあるとお姉ちゃんは助かる”って言ってたから、作ってみたんだ!」
そう言って差し出されたのは、手書きの小さなカードの束。
カードには色とりどりのふちどりとともに、「うれしい」「かなしい」「もやもや」「つかれた」……いろんな感情の言葉が、子どもらしい文字で並んでいた。
「これ、感情カード! 今日からお姉ちゃんに使って!」
「お姉ちゃんが集めた感情ってどれなの??」
そう聞かれて、私は机の上に並んだカードに目を落とした。
少しだけ迷ってから、そっと指先で何枚かを手に取る。
「これと……これと……あと、これも」
怒り、さみしさ、不安、うれしい……どれも、ちゃんと私の中にあった感情たち。
カードを受け取った柚は、まるで宝物を見つけたかのように目を輝かせた。
「いっぱいだ! すごい!」
ぱちぱちと拍手をして、私の手元をのぞきこむ。
その顔を見て、私の胸の奥がふわっとあたたかくなった。
「……うん。ありがとう」
声に出すと、少し照れくさくて、でも心地よかった。
すると、ヒトコの機械的な声がふんわりと響く。
「あなたが集めたカードには、たいせつな記録がふくまれています」
「感情を見つけて、ことばにして、だれかと分け合う。それは、とてもむずかしくて、すばらしいことです」
いつもの少し硬い声だけど、ヒトコの言葉が、まるで本当に私のことを見て、認めてくれているみたいで――
私は、またひとつ、「うれしい」を胸にしまった。




