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正しさと、ちがい

朝比奈先生の声が教室に響く。


「みなさん、こんにちは。今日は2回目のワークショップです。前回、自分の手を動かして“モノづくり”をしてもらいましたね。そのとき、うまくいった人も、いかなかった人もいたと思います。でも、どんなときに楽しかったか、どんなときに困ったか――そういう感情や行動から、自分のことを少し知ることができたんじゃないかなと思います」


教室の机には、アンケート用紙と鉛筆が配られていた。

「自分が大切にしていること、うまくできなかったこと、そのときの気持ち。できるだけ、思い出しながら書いてみてください」


私はうなずいて、ゆっくりと紙に向き合う。


自分が感じたこと……?


鉛筆を持つ手が止まったまま、私は前回作った作品を思い出す。

向坂さんがどんどん進めては私が止めて、出来上がった不恰好な作品。


私は、小さく息を吸って、アンケート用紙に書き始めた。


ーーー


【アンケート記入欄】


・作品を作っている時、自分がどんな風に感じたか

→ とにかく間違えたくなかった。正しく作りたかった。失敗したくなかった。


・その気持ちはどうして湧いてきたと思いますか?

→ 私は「正しくやること」が大事だと思っている。間違うと、頭が混乱して、どうすればいいか分からなくなる。

→ 順番を飛ばされたり、説明が途中で変わると、不安になる。


・その気持ちは、自分にとってどんな意味があると思う?

→ たぶん、それが「私らしさ」なんだと思う。丁寧で、慎重で、でも変化には弱い。

→ でも、時々それがすごく苦しい。



文字を書きながら、胸の奥がじわじわと熱くなる。書くことで、自分の中にある何かがほどけていくような、不安定なような、そんな気持ちだった。


「書けた人は、誰かとお互いの気づきを話してみてください。無理に発表しなくても大丈夫です」と朝比奈先生が続ける。


私はおそるおそる顔を上げ、すぐ隣で笑っている向坂さんを見た。


……話してみよう。話さなきゃ分かってもらえないかもしれない


私は、アンケートをそっと抱えた。


「ねぇねぇ、アンケートめっちゃ時間かけて書いてたね!」


「はい……書いてるうちに、いろいろ考えてしまって……」


「なになに? 教えて教えて! 私はね~、『まあいっか』って思っちゃうと、工作でもテキトーにしちゃう癖があるって書いた!」


私は、少し迷ったあと、小さな声で言う。


「私は……正しい順番で進めたいです。でも、それが崩れると、すごく不安になるって気づきました。」


「ふーん? そっかぁ。私は逆に、途中で思いついたことやっちゃうほうが好きかも。最初の予定? たぶんすぐ忘れる!」


全然ちがう――


向坂さんの明るい言葉に、胸にまた小さなざわつきが生まれた。


ーーー


ワークショップが終わり、夕暮れの道を歩きながら思い返す。


あんなに話せたのに、私の中にはまだ言えなかった言葉が残っている気がする。

違いが分かったからといって、すぐに分かり合えるわけじゃない。

それでも、私は今日、自分のことを前より少し分かった。……気がする。


家に着き、すぐにヒトコの筐体の前に座る。


「ヒトコ、今日のワークショップのこと、話していいですか?」


──ピッという音とともに、ヒトコが反応する。


「どうぞ、お話ください」


「前回作ったものを見ながら、今日アンケートを書きました。

それで、なんか…自分って“正しさ”にすごくこだわってるって気づいたんです。

正しくやらないと不安になる。…ううん、怖くなるって。

でも、向坂さんは全然違ってて、

説明読まずに作って、バラバラでも“これでいい”って笑ってて…

なんか…、あの子といると、すごく、ぐちゃぐちゃになります。」


「あなたは“正しさ”を秩序として捉えており、

予定や構造の逸脱に対して過敏に反応する傾向があります。

発達特性における“強い構造化への依存”の一例です。

その一方で、向坂ほのかさんは『ADHDとASDの複合で衝動型強め』とのこと。

その場合、衝動的な発言や行動、感情の起伏、空間的注意のズレなどが特徴です。

そのため、あなたとの会話に不適合さが生じるのは自然です」


──すらすらと、答えが返ってくる。でも。


「なんか、それって……正しいこと言ってるんだけど、うまく言えないけど、違うの。違和感っていうか……求めてるものと違うっていうか」


「違和感の原因を特定しますか?」


ヒトコの機械的な声が、どこか冷たく響いた。何もいえず黙ったまま俯いた。


求めていたのは“正しさ”じゃなくて、“わかってほしい”だったのかもしれない。

だけどヒトコは、正確に分析して、整った言葉で答える。それは間違っていない。でも、なんだか、遠い。

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