いつも通りじゃない毎日
セミの鳴き声が、朝の静けさを押しのけるように響いていた。
あの音を聞くと、胸の奥がざわざわする。決まってそうだ。
夏休みが、始まったのだ。
私は、夏休みが嫌いだ。
登校の時間も、授業のチャイムも、給食もない。決められた予定がないというだけで、世界の輪郭がぼやけてしまう。
今日が何曜日かも、自分が今どこに向かっているのかも、よく分からなくなる。
だから私は、学校がある日と同じように毎日を組み立てて過ごすことにした。
朝七時に起きて、顔を洗って、朝食を食べて、八時には机に向かう。
学校から出された課題に手をつけ、漢字ドリルをやり、計算問題を繰り返す。
お昼を食べたら、読書の時間。午後は英語の書き写し。夕方には日記を書く。
誰とも会わない、誰とも話さない、けれど安心できる一日。
そんな日が三日目になったころ、母が私の部屋をノックした。
「凛、ちょっといい?」
振り向くと、母がドアの隙間から顔をのぞかせていた。
彼女の手には、スマートフォンが握られている。
「朝比奈先生に聞いたんだけどね、夏休みのワークショップがあるんですって。学校主催で、中学生向けにいろんな体験ができるのよ。参加してみたら?」
「……ワークショップ?」
私はペンを止めた。耳慣れない単語が、不安を連れてくる。
ワークショップ、体験学習――そういう言葉は、たいてい“決まっていないこと”とセットで現れる。
決まっていない、ということは、予測できないということ。
誰と話すのか、どこで何をするのか、どんな感情になるのか、すべてが未定。
それはつまり、怖いということだ。
「いつあるの?」
「来週から週に二回。朝比奈先生もスタッフとして参加するって。凛の学校の子も、他校の子も来るみたいよ。図工とか、演劇とか、ちょっとしたフィールドワークもあるらしいわ」
「……知らない子ばかり?」
「たぶん。でも先生がいるなら安心でしょ? 無理なら行かなくていい。ただ、凛が“感情を集めてる”って、言ってたでしょ? そういう場でこそ、新しいものが見つかるかもしれないよ」
母の声は優しかった。でも、私の心の中はぐらぐらしていた。
変わりたい、という思いが嘘じゃないのは分かっている。
でも、変わるためには、“変わったこと”をしなくちゃいけない。
それが、とても怖い。
私は机の上のドリルに視線を落とした。
このページを開けば、また安心できる。予測できる日々の中に、逃げ込める。
でもその瞬間、柚と交わした会話が頭に響いた。
怖がってばかりじゃ、何も集まらない。
私は、小さく息を吐いた。
「……行ってみる。……かも」
母は驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかに笑った。
「そう。行ってみる“かも”で十分。参加申込しておくね。嫌だったら途中で帰ってきてもいいんだから」
その言葉に、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。
決まりきった毎日から、一歩だけ外に出てみる。
それは私にとって、ものすごく大きなことだったけれど――
“変わろうとしてる”私なら、少しはできるかもしれない。




