表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/92

いつも通りじゃない毎日

セミの鳴き声が、朝の静けさを押しのけるように響いていた。

あの音を聞くと、胸の奥がざわざわする。決まってそうだ。

夏休みが、始まったのだ。


私は、夏休みが嫌いだ。

登校の時間も、授業のチャイムも、給食もない。決められた予定がないというだけで、世界の輪郭がぼやけてしまう。

今日が何曜日かも、自分が今どこに向かっているのかも、よく分からなくなる。


だから私は、学校がある日と同じように毎日を組み立てて過ごすことにした。

朝七時に起きて、顔を洗って、朝食を食べて、八時には机に向かう。

学校から出された課題に手をつけ、漢字ドリルをやり、計算問題を繰り返す。

お昼を食べたら、読書の時間。午後は英語の書き写し。夕方には日記を書く。

誰とも会わない、誰とも話さない、けれど安心できる一日。


そんな日が三日目になったころ、母が私の部屋をノックした。


「凛、ちょっといい?」


振り向くと、母がドアの隙間から顔をのぞかせていた。

彼女の手には、スマートフォンが握られている。


「朝比奈先生に聞いたんだけどね、夏休みのワークショップがあるんですって。学校主催で、中学生向けにいろんな体験ができるのよ。参加してみたら?」


「……ワークショップ?」


私はペンを止めた。耳慣れない単語が、不安を連れてくる。

ワークショップ、体験学習――そういう言葉は、たいてい“決まっていないこと”とセットで現れる。

決まっていない、ということは、予測できないということ。

誰と話すのか、どこで何をするのか、どんな感情になるのか、すべてが未定。

それはつまり、怖いということだ。


「いつあるの?」


「来週から週に二回。朝比奈先生もスタッフとして参加するって。凛の学校の子も、他校の子も来るみたいよ。図工とか、演劇とか、ちょっとしたフィールドワークもあるらしいわ」


「……知らない子ばかり?」


「たぶん。でも先生がいるなら安心でしょ? 無理なら行かなくていい。ただ、凛が“感情を集めてる”って、言ってたでしょ? そういう場でこそ、新しいものが見つかるかもしれないよ」


母の声は優しかった。でも、私の心の中はぐらぐらしていた。

変わりたい、という思いが嘘じゃないのは分かっている。

でも、変わるためには、“変わったこと”をしなくちゃいけない。

それが、とても怖い。


私は机の上のドリルに視線を落とした。

このページを開けば、また安心できる。予測できる日々の中に、逃げ込める。

でもその瞬間、柚と交わした会話が頭に響いた。

怖がってばかりじゃ、何も集まらない。


私は、小さく息を吐いた。


「……行ってみる。……かも」


母は驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかに笑った。


「そう。行ってみる“かも”で十分。参加申込しておくね。嫌だったら途中で帰ってきてもいいんだから」


その言葉に、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。

決まりきった毎日から、一歩だけ外に出てみる。

それは私にとって、ものすごく大きなことだったけれど――

“変わろうとしてる”私なら、少しはできるかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ