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前のお姉ちゃん

次の日の朝、空は晴れているのに、胸の奥は重たいままだった。


感情の整理は、まだ途中。

でも、このままじゃ何も変わらない。

私はリビングで深呼吸をして、部屋にこもっている柚の前に立った。


「……柚、話してもいいですか?」


しばらく沈黙が続いた。ドアの向こうから気配が返ってこない。けれど、逃げないと決めた私は、ドア越しに声を続けた。


「怒鳴った時のこと……まだぐるぐるしてます。でも、ちゃんと話したいと思ってるんです。」


ゆっくりと、ドアが開いた。

柚は私の顔を見て、呟くように言った。


「前のお姉ちゃんは、怒らなかった。なんでも『いいよ』『わかった』って言ってくれた。前のお姉ちゃんの方優しかった。前のお姉ちゃんの方がよかった。」


柚の言葉は、思っていた以上に鋭く胸に刺さった。


ぐらりと心が揺れて、言葉が詰まった。

でも――私は、逃げないって決めた。

だからゆっくりと息を吸って、吐いて、自分の心の奥を手探りで探しながら、言葉を紡いだ。


「……たしかに、前は、あんまり怒らなかったかもしれません。でもそれって……私、自分の気持ちを言わないようにしてたんだと思い……ます。自分の気持ちを見ない様にして、自分の中に嫌な感情があるのが……それを言葉にするのが、こわかった。」


柚は何も言わず、ただじっと私を見ていた。


「私、ずっと我慢してたんだと思うんです。柚がヒトコとしゃべってるときも、本当は少しずつモヤモヤしてて。でも“私がガマンすればいい”って、思いこんでて。……でも、あのとき、我慢できなくなった。気持ちが、あふれちゃったんだと思います。」


自分の中で絡まっていた感情を、ひとつひとつ解くように、ゆっくり話す。


「だから、あんなふうに怒っちゃって……柚を泣かせたのは、ごめんって思ってて。でも、“いつも柚が先”って叫んだのは、ほんとの気持ちだった」


言いながら、自分でも少しだけ心が軽くなっていくのを感じた。


「私は、前のお姉ちゃんじゃなくなったかもしれないです。でも、今の私はちゃんと、柚のことも、私のことも、大事にしたいって思ってる。ちゃんと伝えたいって、思ってる」


そう言ったあと、しんとした空気が流れた。

柚は少し目をそらしてから、小さな声で言った。


「……じゃあ、前のお姉ちゃんより、今のお姉ちゃんの方が、ちょっとずつ大事なこと言ってくれるってこと?」


私は、不意に笑いそうになって、でもぐっとこらえて、うなずいた。


「うん。たぶん、そう」


慎重に言葉を選びながら続きを話す。


「これから私は、いろんな自分のことをもっと知って、少しずつ変わっていくと思う。…でも私は、この変化は“いいこと”なんだって信じてる。だから……できれば柚にも、変わっていく私を受け入れてほしい」


柚はしばらく黙っていた。

その言葉を、ゆっくりと自分の中に落とし込むように。


そして、そっと顔を上げ、まっすぐ私を見つめる。


「わかった……。実はね、一個だけ嘘ついてたの。ほんとは今のお姉ちゃんのことも、好きなの。だって、前より笑ってる顔がいっぱい見られるようになったから。でも……いっぱい怒るのは、やっぱりイヤ!」


「うん、ごめんね。これからは、怒るときの言い方とか、ちゃんと伝え方も勉強する。少しずつ、がんばってみるね」


「そうして!」

柚はちょっと偉そうに、でも嬉しそうに言う。


「じゃあ、仲直り」

「うん、仲直り」


そう言って、二人で顔を見合わせて笑った。


「そういえば、お母さんがすごく心配してたんだよね。仲直りしたって、柚から伝えてくれる?」


「うん、わかった!」


そう言って柚は、ぱたぱたと廊下を走って母の元へ。


その背中を見送りながら、私は思う。

いつもと同じような朝。だけど、少しだけ違う、新しい日々が始まった気がした。

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