わたしの中の、わたしじゃないもの
部屋の空気が重たく感じる。
布団に潜っても、まぶたを閉じても、さっきの言葉が頭の中で何度も跳ね返る。
――「なんでも“柚が先”じゃない」
柚が泣いた。ヒトコが黙った。お母さんの顔も、少しこわばってた。
全部、私が言ったから。
全部、私が、私じゃないみたいだったから。
「……なんで、あんなこと言ったの」
声に出すと、喉がきゅっと痛んだ。
わたしは、ちゃんとしていたい。優しくありたい。人を傷つけたくない。
なのに、わたしの中から出てきた。
わたしが「一番、なりたくない人」みたいだった。
胸の奥がざらざらする。
お母さんがドアの向こうにいる気配がしても、黙ったまま、動けなかった。
*
ノックの音がして、少し間を置いてから、母の声がした。
「……凛。ちょっとだけ、お話ししてもいい?」
わたしは小さく頷いた。音にはならなかったけど、ドアがゆっくり開いた。
母が、部屋の中に入ってくる。
怒ってはいなかった。でも、心配している顔だった。
「……さっきは、びっくりしたよ」
それを言われると、胸の奥がさらに縮こまる。
「わたし……いやだった……あんなふうに言っちゃうの……」
絞り出すように言った。
「そんなの、わたしじゃない……」
声が震えた。自分がこわかった。
「正しいわたし」だけが「わたし」だと思ってた。でも、その裏側にある黒いものが、今日、初めて顔を出した気がした。
母はわたしの隣に腰を下ろして、しばらく黙っていた。
「でもね。凛が、そういうふうに感じるくらい、しんどかったってことなんだよね」
「……しんどい、って思ったら、怒ってもいいの?」
「怒るって、“悪いこと”じゃないんだよ。誰だって、寂しくなったり、悔しくなったりする。そういうのが積もると、言葉になって飛び出ちゃうことだってある」
「でも……人を傷つける言葉は、だめでしょ……」
わたしの声は震えていた。
「だめな気持ちが、わたしの中にあるのが……いやなの……」
言った瞬間、涙が溢れた。自分で驚くくらい、ずっと奥に詰まっていたものがこぼれた。
母は、そっと背中をさすった。
「“だめな気持ち”なんて、本当はないんだよ」
「え……」
「怒るのも、やきもちも、寂しいのも――全部、凛が生きてるから出てきた気持ち。大事なのは、その気持ちにどう付き合っていくかってこと」
母の声は、やわらかくて、でも芯があった。
「逃げたくなってもいい。でも、そういう自分を、ちょっとだけ許してあげてみない?」
わたしは、うなずけなかったけど、首を横にもふらなかった。
「……ごめんなさいって、言いたいけど、うまく言えない」
「いいよ。凛のペースで大丈夫。でもね、ひとつだけ約束させて?」
母は、わたしの目を見た。
「明日からまた、凛とちゃんと話す時間、つくろ。ヒトコもいるけど、ヒトコと同じくらい、わたしも、凛のことちゃんと見てるから」
わたしは少しだけ、体の力が抜けるのを感じた。
涙が出そうだったけど、それはもう「いやな涙」じゃなかった。




