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わたしの中の、わたしじゃないもの


部屋の空気が重たく感じる。

布団に潜っても、まぶたを閉じても、さっきの言葉が頭の中で何度も跳ね返る。


 ――「なんでも“柚が先”じゃない」


柚が泣いた。ヒトコが黙った。お母さんの顔も、少しこわばってた。

全部、私が言ったから。

全部、私が、私じゃないみたいだったから。


「……なんで、あんなこと言ったの」

声に出すと、喉がきゅっと痛んだ。

わたしは、ちゃんとしていたい。優しくありたい。人を傷つけたくない。

なのに、わたしの中から出てきた。

わたしが「一番、なりたくない人」みたいだった。


胸の奥がざらざらする。

お母さんがドアの向こうにいる気配がしても、黙ったまま、動けなかった。



ノックの音がして、少し間を置いてから、母の声がした。


「……凛。ちょっとだけ、お話ししてもいい?」

わたしは小さく頷いた。音にはならなかったけど、ドアがゆっくり開いた。


母が、部屋の中に入ってくる。

怒ってはいなかった。でも、心配している顔だった。


「……さっきは、びっくりしたよ」

それを言われると、胸の奥がさらに縮こまる。

「わたし……いやだった……あんなふうに言っちゃうの……」

絞り出すように言った。

「そんなの、わたしじゃない……」


声が震えた。自分がこわかった。

「正しいわたし」だけが「わたし」だと思ってた。でも、その裏側にある黒いものが、今日、初めて顔を出した気がした。


母はわたしの隣に腰を下ろして、しばらく黙っていた。


「でもね。凛が、そういうふうに感じるくらい、しんどかったってことなんだよね」

「……しんどい、って思ったら、怒ってもいいの?」

「怒るって、“悪いこと”じゃないんだよ。誰だって、寂しくなったり、悔しくなったりする。そういうのが積もると、言葉になって飛び出ちゃうことだってある」


「でも……人を傷つける言葉は、だめでしょ……」

わたしの声は震えていた。

「だめな気持ちが、わたしの中にあるのが……いやなの……」

言った瞬間、涙が溢れた。自分で驚くくらい、ずっと奥に詰まっていたものがこぼれた。


母は、そっと背中をさすった。

「“だめな気持ち”なんて、本当はないんだよ」

「え……」

「怒るのも、やきもちも、寂しいのも――全部、凛が生きてるから出てきた気持ち。大事なのは、その気持ちにどう付き合っていくかってこと」


母の声は、やわらかくて、でも芯があった。

「逃げたくなってもいい。でも、そういう自分を、ちょっとだけ許してあげてみない?」


わたしは、うなずけなかったけど、首を横にもふらなかった。


「……ごめんなさいって、言いたいけど、うまく言えない」


「いいよ。凛のペースで大丈夫。でもね、ひとつだけ約束させて?」


母は、わたしの目を見た。

「明日からまた、凛とちゃんと話す時間、つくろ。ヒトコもいるけど、ヒトコと同じくらい、わたしも、凛のことちゃんと見てるから」


わたしは少しだけ、体の力が抜けるのを感じた。

涙が出そうだったけど、それはもう「いやな涙」じゃなかった。

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