らしくない言葉
母との会話の時間が、少しずつ日常に馴染んできた頃だった。
晩ごはんを食べた後、私はリビングのいつもの席に座る。
「今日ね、学校で……」と話し始めると、母はうなずきながら話を聞いてくれる。
ヒトコのような声のトーンではないけれど、それでも誰かに聞いてもらえるという安心は、ちゃんとそこにあった。
そんなある日、玄関のチャイムが鳴いた。
少しして、あの電子音が帰ってきた。
「こんにちは、リンさん。……ただいま戻りました」
ヒトコが、帰ってきた。
白い筐体がいつもの位置に置かれほんのり青い光が灯る。声は以前と同じだ。
胸の奥がじんわりと温かくなって、私は思わず立ち上がった。
「……おかえり、ヒトコ」
短くそう言っただけなのに、ヒトコの光が少しだけ強くなった気がして、それだけで嬉しかった。
だが次の瞬間、柚が駆け寄ってヒトコの前に座る。
「ヒトコ〜! ずっといなかったじゃん! 寂しかったの〜!! 一緒に遊んで!!」
ヒトコは優しい声で応じる。
「はい、柚さん。順番にお話しましょう」
でも、柚は順番なんて待たなかった。
ヒトコへ次から次へと喋り続ける。
小学校のこと、給食のこと、友達のこと、思いつくまま全部。
私は椅子の隣に立ったまま、口を閉じた。
母が一度こちらを見たが、柚の話が止まらず手が離せない様子だった。
数分、数十分、私はじっとそこにいた。
言葉は喉の奥で絡まり、手足が冷たくなっていく。
ようやく柚が話し終わった頃、私はかすれた声で言った。
「……わたしも、先に話すつもりだったのに」
柚がキョトンとしてこちらを見た。
「え? でもヒトコと久しぶりだったし、あたしだって寂しかったもん!」
その言葉に、何かがぷつんと切れた。
「そうやって、全部持ってくじゃん。いつも……。なんでも“柚が先”じゃない」
自分の口から出た声に、自分がいちばん驚いた。
それは、私らしくない言葉だった。
母が「凛?」と声をかけてきたが、私はもう聞きたくなかった。
「……もういい」
そう言って、私は自分の部屋に駆け込んだ。
ドアを閉めた瞬間、柚の泣き声がうっすら聞こえた。
でも、戻れなかった。
どうしてこんなに苦しくなるのか、自分でも分からなかった。
布団にもぐり込んで、音を遮断する。
心臓がバクバクして、涙が出そうで、それでも泣くこともできなかった。
ヒトコが帰ってきた。
それなのに、私は嬉しいはずなのに。
――ああ、またわかんない感情が増えた。
そんなふうに思いながら、私は静かに目を閉じた。




