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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

27年分のサンタクロース

作者: 小林加林

自己紹介がてら、以前書いた短編を投稿させていただきます。(7月なのにクリスマスネタ……!)

私が書いたものの中で一番読まれた作品です。

【この作品はpixivにも掲載しています】




 マンションの駐車場に、ド派手な高級車が音を立てて滑り込んできた時から、嫌な予感はしていた。


「長い間、待たせてごめんなさい!」


 颯爽と降りてきた長身の男がそう言って笑う。その顎には若々しさとは不釣り合いな白い髭が貼り付けられ、全身に真っ赤な着衣を着ていた。


「道に迷って、来るのが遅れてしまいました! 良い子だったあなたへの27年分のプレゼントです!」


 男がさっと手を振り、車内を指し示す。目をやると、助手席にリボンがついたドデカい箱が詰め込まれているのが見えた。後部座席にも、所狭しと並べられたプレゼントが山のように積まれている。


「お前さ……」

「はい」

「……まさかと思うけど…これをするためだけに、赤い車、買ったの……?」

 えへっと笑う男に、思わず手で顔を覆う。


「ちょっと話がある。…ツラ貸せ」


 俺の低い声を聞いてようやく、男は不穏な空気を感じ取ったようだ。あれ?…という顔で首を傾げた。




 仁王立ちした俺の前で、長い足を折り曲げるように正座した男が、シュンと肩を落としている。似合わない髭は取り外され、床の上に置かれていた。


「ものには限度があると、いつも教えているはずだぞ……?」


 不機嫌な空気を纏わせている俺を、彼が恐る恐る見上げてくる。


「でも…クリスマスだし…。特別な日だし…。康太に喜んで欲しくて……」


「いくらクリスマスだからって、これはやりすぎだ」


 マンションの室内に運び込まれたいくつものプレゼント。ざっと見ただけで、ブランドのロゴや入手困難なはずのゲーム機本体など、けっして安くない物ばかりだ。


 老舗旅館の御曹司──それがこの男の生まれ育った環境だ。加えて、その容姿は非の打ち所がないほど整っており、才能も豊か。現在では、いくつもの連載を抱える人気作家として生計を立てている。まるで天から二物どころか三物も四物も与えられたかのような男だ。金銭的な余裕は、彼にとって空気のように当たり前のものなのだろう。


 一方の俺は、三十近くになっても夢にしがみつき、鳴かず飛ばずのバンド活動を続けながら、フリーター生活から抜け出せずにいる──。この男と自分が、まるで住む世界の違う人間だと痛感させられる。

 特に、こんな瞬間に。



「こんなにたくさんもらっても困る。返品してこい」

「で、でも……全部、前に康太がいいなって言ってたものばっかりだよ?」

 じろりと睨むと、陽一郎は慌てて口をつぐんだ。

「こんな高いプレゼントをもらったって、お前に返せるものがねぇよ」

「康太が喜んでくれるだけで充分……」

「だから、それがヤダって言ってんだよ!」


 びっくりしたように、陽一郎は目を丸くした。


「俺は、お前とは対等でいたいんだよ。収入が桁違いだってことは分かってるけど、それでも対等でありたいんだ。こんなことを考えるのは俺の我儘で、意地をはってるだけって思われるかもしれないけど。一方的に奢られたり、返せない高級なプレゼントをもらうのは嫌だって、知ってるだろ」


 悔しさを抑えきれず、拳を握りしめる。その手にこもるのは、いつまで経っても増えない通帳の残高への焦り。


「……自分じゃ高くて手が出せなかったものをもらって、それで喜んでたら……まるでヒモじゃねぇか」


「そんなっ、ヒモだなんて……」


「あとな、俺はサプライズも嫌いなんだよ。『さあ驚いてください、喜んでください』って強要される、あの雰囲気が嫌なんだ」


「ご…ごめん……康太。俺、そんなつもりじゃなかったんだ……」


 偽らざる本音だった。しかし、目の前の男がショックを受けた顔をしているのを見て、胸がどうしようもなく罪悪感で疼いた。






 彼がこんなアホなことを思い付いたきっかけは、たぶん俺が言った、あの言葉だ。


 十一月初旬。あちこちでクリスマスソングが流れ出した頃。何かのはずみでサンタクロースの話になった。彼は小学校低学年まで本当にサンタがいると信じていた、と言って笑った。

陽一郎の家では、クリスマスには邸宅のあちこちに隠された「宝探しゲーム」が恒例だったという。


「康太は、子供の頃にもらって一番嬉しかったクリスマスプレゼントって何だった?」

「さぁ……。うちにサンタがきたことは一度もなかったから」

「え?」

「クリスマスは一年に一度、ケーキを食べる日だったんだよ」

 陽一郎の驚いた顔を見て、少し意地悪な気持ちが芽生えた。なぜあんなことを言ってしまったのか、今でも後悔している。

 恵まれた環境で育った彼に対する、嫉妬だったのかもしれない。


「ま、俺がいい子じゃなかったからかもな」






 項垂れている男のつむじに向かって、淡々と告げた。


「……俺を、今までお前にまとわりついてた奴らなんかと一緒にするな。俺は、お前が金持ちだから付き合ってるわけでも、高価な物を買ってくれるから好きなわけでもねぇよ」


 しょんぼりとしていた男の肩が、ピクリと震えた。


「作家としての才能に惚れたわけでもないし、顔と体が好みだから…って理由だけでもねぇ。ましてや、お前がいいとこの生まれだからでもない」


 男が顔を上げる。その目は、信じられないことを聞いたと言わんばかりに、丸く見開かれていた。


「俺が出かけるときには玄関まで見送りに来てくれたりとか。外に出てから、なんとなく見上げたらお前が窓から手を振ってたり、とか。二人で頼んだ料理の一番美味しいところを俺にくれようとするところとか。俺が寒い思いをしないように、シャワーを浴びる時間にはかならず風呂場を温めてくれることとか。…そういうところが、すごく……好きで付き合ってるんだ」


 陽一郎が、キラキラとした目で見つめ返してくる。俺の口から「好きだ」なんて滅多に言ったことがなかったからかもしれない。


「お前には金で済ませるほうが楽かもしれないけど、俺はそういうのじゃなくて……、手間のかかることをしてくれるほうが、嬉しいんだ」


 陽一郎は嬉しそうに笑った。

「康太、そんなことで喜んでくれてたの?」

「そんなことって…普通は、続いたとしても新婚一ヶ月目くらいまでだと思うぞ?」

「当たり前のことなのに?」

「当たり前でない人の方が、多いんだよ」

「康太は欲がないなぁ…もっと欲張ってくれればいいのに…」


 嬉しそうに男が両腕を伸ばしてくる。その手をひらりとかわして、ごほん、と咳払いをした。


「……とにかく。このギターは返品しろよ。今使ってるので十分だから」


 しかし、陽一郎は頑なに首を横に振った。


「だめ。それで今度の宣材写真を撮ってもらうんだから。ほら、ここに…さりげなく俺の名前が彫り込まれてるでしょ。これでコータのファンを牽制するんだから…!」

「……あっそ。じゃあ、このゲーム機はどうだ。俺もお前も、ゲームなんてしないだろ」

 陽一郎は少し目をそらし、ぽつりと呟く。

「…実はさ、恋人とお正月にフリオパーティをするのが夢だったんだ……」

「……わかったよ。でも、このブランドもののスーツはないだろ。着ていく場所がねぇんだから」

 すると、陽一郎は急に顔を輝かせた。

「あっ、それは絶対だめ!俺が脱がすのを楽しみにしてるんだから!」

「………」

 片手で額を押さえ、ため息をついた。


「車は、絶対に、受け取らないからな…」


 不満そうな彼に、これだけは譲らないぞ、という断固とした姿勢を見せつつ。


内心では、


──……もしも、このプレゼントの購入金額と同じ額を口座に振り込まれていたら。正直、喜ばなかった自信がないな……。


などと、ひそかに思っていた。






【おわり】

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