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婚約者がNTRれたので世界最強を目指します  作者: 沼男
【二章】大陸間ギルド対戦
81/81


 早朝5時

 アランは日課のランニングがてら街の中を見に来ていた。


 (ざっと見た感じ、一部の建物が崩れてるだけで、死体が散乱してるって程ではなさそうだな)


 すると、視界の先に眼鏡をかけた緑髪の青年の姿が見えた。

 

 (おっ、ドラコと闘ってたやつか?名前は何だっけか……)


 アランは眼鏡の青年の近くまで駆け寄る。


『よう!久しぶり――――――メガネ太郎!』

『オイッ!誰がメガネ太郎ですかッ!……って貴方は【魔王軍】の大将じゃないですか』


 アルドは眼鏡の位置をクイッと手で直しながら、手に持っていた瓦礫を地面に置いた。


『今は撤去作業中か?』

『……いえ』


 アルドは顔を下に傾け、どこか暗い表情を見せた。


『ウェイン隊長の遺体を探してました』

『……は?』


 あまりに衝撃的な内容だったのか、アランは信じられないと言わんばかりに目を丸くさせていた。


『昨日の騒動でエマさんを庇って殉職されました』

『……嘘だろ』

『それで、遺体の方を探しているのですが一向に見当たらなくて……ギルドの皆んなで手分けして探している最中です』

『……本当に死んだのか?』

『信じたくはありませんが……おそらくは』


 アルドは地面に置いた瓦礫を再び手に持った。

 そして、一礼した後、瓦礫の撤去作業へと戻って行った。


『……』


 (クソッたれのNTR野郎だったけど……こんな呆気なく逝っちまうのかよ――――――エマ……)


 アランは沈んだ気を奮い立たせるかの様に再び走り出した。


――――――――――――


 部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

 すると、待っていましたと言わんばかりに、部屋の壁に取り付けられた蝋燭が灯る。


『入れ』


 どこか威圧感のある低い女性の声が部屋の中を響き渡る。


 ゆっくりとドアが開く。

 ドアの向こう側に、二本の婉曲した大角と、3メートルを優に超えているであろう巨大を持つ牛獣人の男の姿が見えた。

 そして、その腕には金髪を持つ人間の体が抱き抱えられていた。


『失礼いたします。無事に目的の供物を回収いたしました』

『良くやったカルタオロス』

『勿体無い御言葉です』


 牛獣人の男は恭しく頭を下げた後、抱き抱えていた金髪の男の死体を台座へと乗せた。

 すると、男の体を覆う様に霜が集まり始め、次の瞬間には氷の棺と化した。


『これで後は……【大天使の秘宝】と【黄金の盃】があれば――――――』


 牛獣人の男は片膝を地面へと付け、次の命令を待っていた。

 その姿には紛う事なき忠誠心があった。


『【無双】のカルタオロス。貴様には暫くの休みを与える』

『必要ありません。御身の為であればこの身に休息など――――――』

『次の仕事には【竜霊廟】が出てくる可能性が高い』

『……なるほど、かしこまりました』


 牛獣人の表情に一瞬、緊張が走った様に見えたが、すぐさまに立て直し頭を下げた。


『期待しているぞ』

『御意』


 ベルゼブブは牛獣人の男が部屋から出るのを見送ると、氷の棺に入った金髪の男の方を見る。


『……やっと見つけた、堕ちた光源の肉体』


 ベルゼブブは愛おしそうに、氷の表面を何度も何度も撫でる。


『――――――ルシファー様、後もう少しです』


 薄暗い部屋の中で、蝿王の心は踊った。


――――――――――――


 とある棺の前でクレア・スカーレットは佇む。

 その顔には悲壮感が漂っており、苦悶で歪んでいた。


『……そんな』


 棺には【グレイ・ハイラード】と記載されていた。

 クレアは、何かの間違いだと自身に思い込ませながら、棺の蓋を少しだけずらした。

 

『……私のせいだ』


 そこには見知った金髪の男の顔があった。

 顔全体は青白く、それが亡骸である事がわかる。

 

 頬を伝った涙がポタポタとグレイの顔に落ちる。

 すると、側に居た年老いたエルフの男が近づいてきた。


『クレア様でしょうか?』

『……え?』

『グレイ様からお話は伺っておりました』


 エルフのお爺さんは丁寧な仕草で頭を下げる。


『わたくしの名前はナルードと申します。【エルフ連合】から派遣され、グレイ様のお世話係を務めさせて頂いておりました』


 そう言うと、ナルードは一本の刀をこちらへ差し出してきた。


『……それは』

『【風燐丸】でございます』

『駄目です!それは――――――』

『グレイ様からのことづてでして』


【もし、俺が何かの拍子で死んだら、『蒼風流の全て』は相応しき者に引き継いでくれ。誰も居なかったのなら、棄ててくれ。その時はきっと……蒼風流の運命なのだろうからな】


 クレアは差し出された刀を見る。

 鞘には無数の小さな傷が刻まれており、その刀が辿ってきた歴史を感じさせた。


『……私でいいんですか?』

『えぇ、問題ないかと』

『分かりました』


 クレアは刀に手を伸ばし、力強く鞘を握った。

 

『私が【蒼風流】を継ぎます』 

『よろしくお願い致します。つきましては、書物などは本国の許可を得た後、指定の場所へと送らせて頂きますね』

『分かりました』


 クレアは頭を下げた。

 そして、もう一度グレイの顔を見る。


 (蒼風流の【風】と私の【火】。きっと元来のものとは変わってしまうかもしれません。ですが――――――)


『絶対に【蒼風流】の名を世界に轟かせて見せます』


 覚悟が燃える瞳は、確かに先の未来を見ていた。


――――――――――――


 薄く四角い魔道具の表面から光が発せられていた。

 表面には文字の羅列が整列されており、何やら文章が表示されていた。

 男はそれを見ながら口元をニヤリと歪ませる。

 すると、何者かが部屋のドアをノックした音が聞こえてきた。


『どうぞ』


 その言葉に答える様に、部屋のドアが開かれた。

 奥から一人の女性が入ってきた。

 その黒髪はスライムの様な粘性を持っており、歩く度に振動でプルプルと揺れていた。

 袖の長い白衣を着たその女性は、感情の起伏がない顔で男を見た。


『ダスティを野放しにしておいても宜しいのですか?』


 顔を少し傾けながら話すその女性の目にはクッキリと黒いクマが出来ていた。


『えぇ、構いませんよ。彼は十分に情報を落としてくれましたからね』

『ですが結局、進化には限界があった様ですけど……』


 八つ目の男はデスクの上に置かれたカップに手を伸ばすと、中に入っていた黒い液体を飲み始めた。

 辺りに珈琲の香りが広がる。


『細胞の強度が足らなかったのと、進化と進化の幅が短すぎたのが今回の敗因だと思われるので――――――更に混ぜ合わせる細胞を増やしましょう』

『ですがこれ以上は寧ろ脆くなってしまうのでは?。事前の実験では今回の細胞数が限界だったはず……』


 白衣を着た八つ目の男はデスクの上のモニターを指差す。

 そこには筋骨隆々の黒髪の男が映し出されていた。


『この男の細胞ならもしかして、とは思いませんか?』

『……試験体bを破壊した人間ですよね?』

『えぇ。竜や天使といった上位種の細胞は拒絶反応を起こしますが、人である彼の細胞なら更に上を目指せるかもしれません』


 スライム状の黒髪を持つ女性は、目線を下げながらもじもじと体を動かし始めた。


『――――――私に色仕掛けをしろと?』

『言ってませんよ!私、そんな事言ってませんよ!』

『エイアス様……分かっています。実験の為ならば――――――その身を犠牲に……ですよね?』

『それは言ったことありますけれども!』


 エイアスと呼ばれた八つ目の男は、デスクの引き出しから幾つかの紙を取り出した。

 女性がその紙を覗き込むと、そこには見覚えのある者達の姿があった。


『刺客を送りましょう』

『……あの黒髪の青年は相当な実力者の様ですが大丈夫なのでしょうか?』

『どうでしょうね。まぁ、駄目だったらその時は別の方法を考えましょう』


 エイアスは小さく微笑むと、モニターに映った黒髪の青年の姿を見る。


『スラ子はこの青年がただの人間に思えますか?』

『思えませんね。戦闘記録を見た限りですと、フィジカル強度が人間の域を超えてますし』

『彼がこちら側であれば、あるいは……』

『……』


 男はニヤリと口角を引き上げる。


『もう一度【魔天楼】に協力を仰ぎますか?』

『それはやめておきましょう。同じ“人間と魔の混血“とは言えども、組織が目指す最終目標が根本的に違いますからね』

『……いずれは敵対しますよね?』


 スラ子は何処か悲しそうな表情を見せた。

 そして、感情に連動するかのように、スライム状の髪の毛から液体がポタポタと落ちる。


『【天理界】と【魔天楼】のいざこざを上手く利用しつつ、我らは我らの目的を目指しましょう』


 そう言うと、エイアスは電話の受話器を手に取る。

 そして、小さく呟いた。


【最後に勝つのは我々――――――『異修羅』ですよ】


 世界から見放された男は、異形なる者達を束ねその先の理想郷を見る。


――――――――――――

【高天原】


 長い黒髪を持つ長身の女性は、羽織っていた着物を脱ぎ捨てる。

 側に居た世話役であろう女性達がそれを拾い上げ何処かへと持っていく。

 端正な顔を持つ女は階段の一番上に設置された椅子へと腰をかける。

 そして、自身の言葉を待つ男を見下ろした。


『ご無事の帰還、大変嬉しく思います――――――天照大御神様』

『えぇ、色々と一悶着ありましたがね』

『……それで、目的のものは見つかりましたか?』

『駄目でしたね。世界鍵があの場にあったであろう事は感じてはいたのですけれど、騒動が起きた影響で正確な位置までは分かりませんでした』


 男は顎に手を当てながら何やらと考えている様子だった。


『世界鍵の気配は動いていたのですか?』

『おそらくは動いていましたね』

『……なるほど、何者かが所有している可能性が高いですね。誰か思い当たる人物などはいましたか?』


 地を照らす元神は少し考える仕草を見せた。


『……そうねぇ、やたらと強い人間の青年が居たってくらいかしら』

『強い……ですか?』

『えぇ。まぁ、あまり関係のない話かもしれませんね。忘れて下さい思金神(オモイカネ)

『……』


 思金神(オモイカネ)と呼ばれた男は一瞬、何かを考える仕草を見せたが、すぐさまに元の表情へと戻った。


『ただの人間が所有している……というのは確かに盲点にはなりますが、流石にリスクが高すぎるので可能性としては低いですね』

『そうね。あっ!後はロキを見かけましたね』

『道化師……ですか』

『えぇ。彼の様子を見る限りだと、勢力全体で動いているというよりかは、いつもの単独行動をしていたっぽいわね』


 苦虫を噛み潰したかのよう顔をしながら、黄色い装束を着た男は天上の主を見上げる。


『おそらくは我々と同じ世界鍵の捜索でしょうね』

『そうね。まぁ、西と南の元神達がいなかったから、出来れば見つけたかったけれど……――――――まっ、いっか』

『貴方様は世界鍵が欲しくはないのですか?』

『世界が平和なら別にいらないわ。他の者達に取られる事で平和の均衡が崩れるのを嫌っているだけ』


 小さき太陽は天井を見上げる。

 そこには太陽をモチーフとした壁画が描かれており、神々しさを放っていた。


『どうして平和は……続かないのかしらね』

『……』


 太陽の化身の疑問に、男は答えられなかった。


――――――――――――


 真っ暗闇の部屋に照明の光が灯る。

 一つの机を囲む様に椅子が円形状に並べられていた。

 椅子の上にはそれぞれ本が一冊づつ置かれており、その内の一つが独りでに開き、ペラペラとページが破れ宙へと舞う。

 宙を舞う紙は重なり合いながら、段々と一つの人型を作り出していく。


『……やれやれ』


 形作られた白と黒のツートンカラーの髪を持つ男は、ゆっくりと椅子に腰をかける。

 すると、部屋のドアを何者かが開く音が聞こえてきた。


『お帰り、アリス』

『……よかった。グリムの方も無事だったみたいね』

『えぇ、まさか【盟主】が出てくるとは予想が出来ませんでした』


 グリムは他の椅子に置かれている本に目を向ける。

 それに対して、アリスはグリムに疑問を投げかける。 


『……みんな、まだ起きないね』

『そうですね、こればっかりは待つしかありませんね』


 グリムはパチリと指を鳴らした。

 すると、部屋の照明が一斉に点灯した。

 

 部屋には円形状に無数の本棚が設置されており、中にはびっしりと本が敷き詰められていた。

 そしてその中央に一つの机と、グリムが座る椅子が並べられていた。

 アリスは一つの空席に腰を掛ける。


『ですが心配はいりませんよ――――――』


 グリムの隣に設置された椅子に置かれた本がキラキラと輝きだした。

 

『――――――(読者)がいる限り、物語は続きます』

『あっ!!!』


 幻想大図書館に一つの彩が戻った。


――――――――――――


 見渡しのいい崖際に、苔がびっしりと生えた十字架が立てられていた。

 十字架には誰の名前も刻まれてはいなかったが、男にはそれが誰の墓なのかが分かった。

 

『母さん……遅くなってごめん』


 灰色の髪を持つ男は地面に膝を着き、手に持っていた赤い花を十字架の根元へそっと置いた。

 そして、空を見上げながら自身の胸にこれからの事を問いかけた。

 

 (……これからどうするべきなのか。俺は余りにも人を殺しすぎた……罪のない人達を。……母さんを殺したアイツらと一緒だ……)


 目尻から溢れた涙が地面にポタポタと落ちていく。


 灰色の男に後悔は無く、懺悔もない。

 何故なら、そうしなくては生きていけなかったからだ。

 そうあるべきだと世界が求めたから、だからこういう事になった。

 男はそう何度も自身へと言い聞かせていた。


 しかし――――――心は確かに泣いていた。


『……母さん。俺はこれからどうしたらいい?』


 十字架は何も答えない。

 鳥の囀る声と、風に揺れる木々の音だけが聞こえてきた。


『……理由』


 生きる意味を無くした残り火は、空に向かって手を伸ばす。

 そして小さく呟いた。


『世界に生かされた理由を知る為に――――――もう少しだけ生きたい』


 灰の男は、無数の屍を踏み越えながら、再び歩き始めた。

 

――――――――――――


 その教会は外の喧騒から隔離されているかの様に静寂に包まれていた。

 そして一人、地面に膝を着き、眼前の十字架に祈りを捧げている女が居た。

 目尻は赤く腫れており、相当な時間泣いていたのが窺える。

 すると、祈る女性は何者かが近づいて来る気配を感じ取り、そちらの方向を向いた。


『――――――エマ・ウィンター様でお間違いないでしょうか?』


 澄んだよく通る声で女性が語りかけてきた。

 その女は修道女を思わせる格好をしており、ただならぬ気配纏っていた。

 禍々しさとは真逆の、光の様な輝かしさだ。

 

『……どうして、私の名前を?』

『天啓です。今日、この日、この場所で、我らの光が生まれると』

 

 女は長く美しい金髪を揺らしながら、手を差し伸べてきた。

 その表情には慈愛が満ちており、温かさを感じる程だった。


『もう何も失いたくないのであれば、大切な者全てを救いたいのであれば――――――この手を取って下さい』

『……』


 エマはただただ救いを求める様に手を伸ばした。

 相手が何者であるかなど関係なく。

 どういった意図があり自身に近づいて来たのか何てどうでも良かった。

 


 金髪の修道女は天女の様にニッコリと微笑む。


『【天理界】司祭 キャロライン・ホーリーライトと申します』

『……【ガリア帝国騎士団】エマ・ウィンターです』


 ステンレス製の色鮮やかなガラスを光が貫通する。

 美しい色に当てられる中、光の時計は静かにその針を進めた。


――――――――――――

【ヴァルハラ城】


 煌びやかな氷の王座に、燃えるように赤い髪を持つ女性が座っていた。

 女は「王の間」に入って来た同じく赤い髪を持つ男を静かに見下ろす。


『やぁ、姐さん。ただいま』


 赤髪の男は女王を見上げながら、気軽に片腕を挙げ挨拶を行った。

 女王は少しも表情を変える事なく赤髪の男を見下ろす。


『ロキ。例の件はどうでしたか?』

『いやぁ~、気配は感じてたんだけどさ、なんか邪魔が入ったせいでごちゃごちゃになっちゃったよ』

『……』


 少し呆れた表情を見せながら赤髪の女王は傍らに置いていた剣に手をかけた。


『ちょちょちょっと待ってよッ!!!フレイ姐さんが剣を抜くのはジョークにならないよッ!!!』

『……全く』


 女王は剣から手を離し王座へと座り直した。


『貴方が何事にも本気になれない性格なのは知っています。ですが、亡きオーディンの意思だけは踏み躙らないで下さいね』

『……分かってるよ。次は上手くやる』


 ロキはバツが悪そうな表情を見せながら踵を返し部屋を出ようと歩き始める。


『貴方が――――――あの“愚か者”と同じ末路を辿らない事を祈っておきます』


 その言葉を聞いた瞬間、ロキの体はピクリと反応を見せた。

 しかし、一瞬止まったかの様に見えたがすぐ様に歩き始めた。


『……まぁ、期待しててよ』


 ロキは振り返る事なく、茶化す様に手を挙げ左右にフラフラと動かした。

 しかして、その瞳には閃光の如き怒りの稲妻が走っていた。


――――――――――――


 時刻はお昼の12時。

 アイスヘイルコロッセウムは静寂に包まれていた。

 涙を流す者、目を伏せ祈りを捧げる者。

 いとも簡単に平和が崩された事への恐怖が民衆の心を蝕んでいた。


『……』


 国全体に声を行き届けられる魔道具の前で、フィーヤ・ヘイルは何を語るべきか悩んでいた。

 起きた惨状について、亡くなった犠牲者の話、これからの対策。

 語らねばならない事は沢山あった。

 しかし、そのどれもが今言うべきなのか判断ができなかった。


 逸脱した力を持つが故に象徴。

 だが、この国が誇る最大の抑止力たる自分がいたのにも関わらず、何もできなかった事に対しての疑念。

 それは、フィーヤを躊躇わせるのには十分すぎた。


『フィーヤ様』


 すると、背後で見守ってくれていた桃色の毛を持つ猫獣人の女性が肩に手を置いて来た。


『ニルフィー……』


 振り返ったフィーヤの目には酷いクマができていた。


『それでもやらなくてはいけません。他でもない、貴方様でないと』

『……分かってる。でも何を言っていいのか分からなくて……私のせいで大切な人を失った人に何を――――――』

『フィーヤの今の思いをそのまま直接伝えましょう』

『そんな自分勝手な……』


 ニルフィーは震えるフィーヤの手を取り包み込む。


『それで民がついて来なかったのであればそれまでの話。その時は今の座を降り、選択を民に任せましょう』

『今までヘイル家が繋いできたものをそんな簡単に――――――』

『その時は私もお供しますよ』


 フィーヤは咄嗟に顔を上げる。

 そこにはニッコリと微笑む幼馴染の姿があった。


『……そうだね。ありがとう』


 フィーヤは魔道具の方を振り返る。

 手の震えはいつの間にかに止まっており、その瞳には覚悟が宿っていた。


『作業中失礼いたします。フィーヤ・ヘイルです』


 街中にフィーヤの声が響き渡った。

 仕事中の者達は一斉に手を止め、声のする方向に耳を済ませていた。

 

『今回、未知の外部勢力の侵攻により我が国は甚大な被害を被りました。多くの建物が破壊され、大切な人を失った者も多くいます』


 フィーヤの手に力が入る。

 掌からは血が流れ落ち、ポタポタと地面へと落ちていた。


『そしてそれらは全て……私、フィーヤ・ヘイルの力不足によるものです。大変申し訳ございませんでした』


 一時の沈黙が流れる。


『被害の補填は全てヘイル家が持ちますので、お役所の方にて申請の方をお願い致します。そして最後に、国民の皆様に一つの宣誓を伝えたく思います』


 フィーヤは息を静かに吐き、ゆっくりと吸った。


『今回の件に関わった敵勢力を徹底的に調べ上げ、その全てに――――――』


 地面に落ちた血が球体となりながらフワフワと浮き始めた。

 そして、一瞬にして凍りつくと、粉々に砕け散った。

 赤い氷の粉塵が部屋の中を漂う。


『――――――血の代償を払わせることをここに誓います』


 その声は凍てつく氷河の様に冷たく、力があった。

 力とは即ち、凄まじい程の殺意だ。

 聴く者たちには、それが上部だけの言葉ではないと直ぐに分かった。


『以上で連絡を終了致します。ご清聴ありがとうございました』


 辺りには静かさが漂っていた。

 自分達に当てられたものでは無かったが、それでもなお気圧されたのだろう。

 文句を言いだす者は誰一人居なかった。


――――――――――――


アイスヘイル城【王の間】


 黒髪の青年は王座に座る女性を見上げていた。

 青みがかった銀髪を揺らすその女性は、荘厳な雰囲気を纏っていた。


『今回の一件、其方らの活躍のおかげで被害を大幅に減らす事ができた。宰相として感謝の言葉を伝えたい。本当にありがとう』


 脳天が禿げ上がった小太りの男は頭を下げ感謝の意を示した。

 

『まぁ結局、かなりの数の犠牲者が出ちまったけどな』


 アランの言葉で場が静まり返る。

 しかし、静寂を割くように女王が口を開いた。


『それでも尚、貴方達が居なかったら全滅していてもおかしくはありませんでした』

『……』


 アランは複雑な感情を押し殺し、その言葉を受け入れた。


『今回の……相手の検討はついてるのか?』

『それはまだ調査中です』


 フィーヤは宰相の方を見る。


『えぇ、今回襲撃を仕掛けて来たのは恐らく、一つの組織だけではありません。詳細につきましては調査中なのですが、少なくとも一つは【異修羅】である事は判明しております』

『そいつらはどんな組織なんだ?』


 アランは宰相に向かって気軽に質問をした。


『秘密裏に非合法的な人体実験などを行っているテロ組織であると認識しております。ここ最近は鳴りを潜めていましたが今朝、声明が発表されました――――――』


【アイスヘイルに在住の皆様ごきげんよう、昨日はお楽しみになれましたか?私は『異修羅』のトップ、【スパイダー】です。今回貴方がたに行ったのは、かつて貴方がたが行った異形種への差別、虐殺に対しての報復行為になります。我々は全ての異形種の生命と自由の為に戦い続けます。この世から全ての人間が駆逐されるまで】


『――――――以上になります』

 

 宰相の話を聞いていたドラコは静かに手を挙げた。


『どうして彼らはわざわざ声明を出したのでしょか?そんな事をしても不利になるだけでは?』

『良い着眼点だねドラコ君』

 

 アランは感心した表情でウンウンと何度も頷いた。


『一応、霊峰山にいる時は私が人間との外交を行っていましたからね』

『そういやそうだったな』


 宰相は一度フィーヤの表情を確認する。

 そして、発言しても問題ないと判断したのかタイミングを見て語り始めた。


『おそらくは同胞を集める為でしょう』

『………なるほど。ってかなんなら、人間社会に恨みを持ってる奴らも集められるんじゃないか?』

『それが狙いでしょうね。実際に行動を起こし、その理念が確かなものであると世界に証明する。虐げられ、耐えている者達からしたら………それは希望に見える事でしょう』


 玉座の方から何か硬いもの同士がぶつかる音が聞こえて来た。

 視線を向けると、大杖の底で床を叩き立ち上がっているフィーヤの姿が見えた。


『どちらにせよ【異修羅】の連中は皆殺しにします。誰一人として生かすつもりはありません』


 氷の様に冷たい目でフィーヤは宰相を見下ろす。

 宰相は臆する事なくその目を見つめ返していた。

 それはきっと同じ志を持っているからだろうか。


『まぁ、あれだな』


 張り詰めた空気を破る様にアランが声を発した。


『そん時は俺たちも協力するぜ』


 一緒について来ていたコレット、ドラコは親指を立てながら同意の意思を示した。


『ご協力感謝します』

『中央の俺達からしても対岸の火事って訳じゃないだろうしな』


 一同が理念の一致を確認し、話にひと段落ついたタイミングでコレットは恐る恐る手を挙げた。


『あ、あのぉ〜実はお話がありまして』

『【白銀の小盾】の事でしょうか?』

『そう!そうなんだよっ!』


 宰相はコレットの左手首付近に視線を向ける。

 そこにはしっかりと国宝が括り付けられており、照明の光を反射していた。


『事前に報告は受けていました』

『いや本当にすみません!……状況が状況だったから、小盾の声に従って使っちゃいました』

『……ふむ』


 話を聞いていたフィーヤはゆっくりと玉座へと座り直す。


『構いませんよ』

『陛下!』


 異議を唱えるべく、宰相が大きな声を上げた。


『銀狼が選んだのでしょう。であれば問題ありません』

『ですが国防の観点からしても――――――』

『どちらにせよ適合者にしか使えないのですから、使える者の元にあった方がいいでしょう?』

『……それはそうですが』


 フィーヤはコレットの方を見る

 それに対し、コレットは少し緊張した表情を返した。


『コレットさん』

『は、はいっ!』

『その小盾を貴方に託してもいいですか?』


 真剣な眼差しでフィーヤはコレットの目を見る。

 

『……私、今回の件で強さが欲しいって改めて思ったんだよね。だから――――――』


 コレットは力強い目でフィーヤの瞳を見つめ返す。


『伝説に並べる様に頑張るよ』

『良い返答です』


 いい感じの雰囲気になったその時、アランが二人の間に割って入って来た。


『――――――それは俺を越えるって事か?』

『いや面倒くさいよアラン……』

『オイオイオイ!なんでだよ!』


 喧嘩を売りたそうな顔をしていたアランは、コレットのうんざりした表情に反応した。


『今そうゆう流れじゃなかったじゃん?』

『……でも強いやつと戦いたいじゃん』

『今そうゆう流れじゃなかったじゃん?』

『いやでもほら――――――』

『今そうゆう流れじゃなかったじゃん?』

『……それな』


 アランは肩を落としながら元いた場所へと戻った。


『……面白い人達ですね』


 ふふふと小さく笑うとフィーヤはコレットに向けて手を伸ばした。

 コレットは少し恥ずかしそうな表情を見せながらその手を取り握手を交わした。


――――――――――――


 アイス・ヘイルの国門をくぐる。


『色々とありましたが、この度はお越しいただき誠にありがとうございました』


 桃色の毛を持つ猫獣人の女性は深々と頭を下げ感謝の意を示した。


『次は観光として来たいですわね』


 血のように赤い日傘をさしながらイザベラは微笑んだ。


『アイスとか凄く美味しかったです!』

『……お肉も良かった』


 ドラゴンコンビも追従する様に応えた。


『そうおっしゃってもらえて大変恐縮です』

『そういや、そっちのNo. 1ギルドの連中ってまだ帰って来ないのか?』

『えぇ。半分ほどのメンバーは即座帰国を目指して急ぎ移動中との事で』

『……今また襲撃されたらヤバいんじゃないか?』

『それは問題ないかと』


 ニルフィーはアイス・ヘイル城の方を見た。


『あの御方を本気で怒らせたのですから――――――次はないでしょう』


 その目には確信的なものが宿っていた。


『まぁ、また何かあったら連絡してくれ』

『お気遣い大変感謝いたします』


 見送られながら、アラン一行はアイス・ヘイル国を出国した。


 

 黒龍へと姿を変えたベノミサスの背中に乗りながら、青空を飛行する。

 風に当たりながら遠くを見ていたアランは懐で何かが動く気配を感じとり視線を向ける。


『お、起きたか』


 黒髪の少女が目を擦りながら自身の影からのそのそと這い出て来ていた。

 その表情には少しの疲労感が垣間見える。


『……なんじゃ?物憂げに耽っていたようじゃが』

『いやさ、もっと強くならないとなーって思ってさ』

『現時点でも十分強いとは思うが?』

『タイマンは強いんだけどさ、広範囲を護りながら戦う技術が欲しいなって』

『愚問じゃな』

 

 クロエは人差し指を左右に振りながら、何処か自信に満ちた表情を見せる。


『相手が何かする前に瞬殺すればよいではないか』

『俺はクロエみたいに空間を一瞬で詰める方法がないからなぁ』

『まぁ、物理的な移動だと限界はあるじゃろうな』


 しかし、再びクロエは得意気、つまりはドヤ顔をしながらアランの胸に手を当てた。


『物理法則の問題で高速移動が難しいのであれば……物理法則を壊せばいいのじゃ』

『マジぱねぇす姐さん』

『冗談を言っている訳ではないぞ?昔は物理法則のルールそのものを限定的に書き換える奴とかおったからな』

『無法すぎるだろ……』

『今のお主も大概じゃけどな』

『……そういやそうだったな』


 アランは困惑としながらクロエの方を見ていた。

 すると、話を聞いていたイザベラが口を開いた。


『まぁ、世界のルールを作った者達が殺し合っていた時代ですからね……』

『……マジでよく人間は生き残れたな』

『力ある者達皆が殺し合いを望んでいた訳ではなかったというのが幸いと言った所じゃな』

『クロエさんの話はとても興味深いですね』


 クレアは興味ありげな反応を見せた。


『因みにお主ら……帰ったら修行じゃからな?』

『ガハッ……』


 血を吐きながらコレットが倒れた。


『コレット!』

『クレア……逃げて――――――』


 ガクッと音を立てながらコレットは真っ白に燃え尽きていた。

 それは、修行の厳しさを知っているからだろうか。


 一行は和気藹々としながら大空を染める雲を裂き、帰路へと着いた。



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― 新着の感想 ―
今回は、彼らを完全に排除しなければなりません、アラン。慈悲や憐れみは不要です。あなたは既に彼らにチャンスを与えています。彼らの命を惜しんではなりません。たとえそれが誰であろうと、たとえエマであろうと、…
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