青紫色の雨
アランは空気の断層を上手く利用し滑空を行いながら黒龍の後を追う。
『やべぇなこりゃ……』
地上の至る所から土煙が立ち上がり、人の悲鳴が響き渡っていた。
中には農業用の道具で応戦している者達も見えたが、有効打にはなっていない様子で防戦一方であった。
(あの黒い化け物は複数体いるみたいだな。それに、最初に見たやつと少し形状が違うやつがいるな)
全身の色が黒く、異様に首が長いという点は共通していた。
しかし、眼下に居る個体には更に翼のようなものが生えており、おとぎ話の悪魔にも似た外見をしていた。
『――――――【血剣】』
手元に血で構成された小さな剣を作成する。
そして、それを勢いよく眼下にいる化け物へと投擲した。
投擲された血剣は化け物の右肩へと命中する。
『ガァァァァァァ――――――ッ!!!』
強烈な叫び声を上げながら化け物は自身の頭上を見上げる。
右肩に突き刺さった血剣は剣身の部分が見えず、その全てが化け物体に埋まっていた。
傷口からは真っ赤な血がドクドクと流れ出ていた。
『あれで死なねーのかよ、結構頑丈だな――――――っておいおい』
化け物の様子を観察していると、黒い翼をバサバサと上下に動かし始めた。
そして、体が少し浮いたかと思うと、一気に加速しコチラへと飛んできた。
『オイオイオイ、こっちの翼は滑空しかできねーのに、お前のは上に飛べるとかずりーぞッ!!!』
翼の生えた化け物はアランの後を追うように飛行する。
『ガァァァァァァァ――――――ッ!!!』
長い首をグネグネと動かしながら怒りの感情をみせる。
『があああああああ――――――っ!!!』
アランは煽るように化け物の鳴き声を真似る。
『ガガガッ!ガッアアア!!!』
『がががっ!ががあああ!!!』
化け物は腕をブンブンと振る。
『ガガ――――――ッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッガガガ――――――ッ!!!』
(何を言っているのかさっぱり分からないけど、ブチギレている事だけは分かるな。まぁ、そりゃぁそうか。いきなり右肩をぶち抜かれたんだもんな、キレない方がおかしい。ってか、“感情”があるのか……ふむ)
アランはニヤリと口角を上げながら笑う。
その表情はとても善人とは呼べない程に悪辣だった。
『ってかさ――――――お前の背中……乗せてくんね?』
『ガッ!?』
アランは楔影で輪っかを作り、後方を追うように飛ぶ化け物に向かって投擲した。
輪っか状の楔影が化け物の首を捉えると、そのままグルグルと動き始め化け物の体を瞬く間に縛り上げた。
アランは空気抵抗を上手く利用し滑空の速度を緩め化け物の背中に飛び乗った。
『ガガガッ!!!ガッ!ガッ!ガッ!』
化け物は体を旋回させ背中に乗るアランを落とそうとする。
しかし、アランは楔影を両手で引っ張りながら上手くコントロールし、化け物の姿勢を無理やりに固定し動けないようにした。
そして、化け物の首に血で作成した刃を突きつける。
違和感を感じた化け物は長い首を上手くしならせ自身の首元を確認する。
『……ガガガ』
化け物は目撃する。
自身の首元に突きつけられた血の刃と――――――不敵に笑いながらこちらを見る男の姿を……。
『お前、ある程度の知能はあるんだろ?ならこの状況の意味――――――分かるよね?』
アランはニッコリと笑う。
一切の混じりけの無い100%の笑顔だ。
そう、悪意しかない純粋な笑顔だった。
『ガガガッ!!!』
『おぉ~っと、おかしなことはするなよ?俺はキレやすいんだ。所有者を全員殺しちゃうタイプの妖刀くらいキレやすいんだ』
『……ガ』
『そうだ、イイ子だ』
アランは前方を飛翔する黒龍を指差す。
『アイツに追いつくように飛べ』
『ガガガッ!?!?ガッ!ガガガッガッ!?』
『反対意見は聞いてないが?いいか?――――――これは命令だぞ』
『ガッ……』
明らかに嫌がった反応を見せていたが、目の前にいる“本当の化け物”の方が恐ろしいと判断したのか大人しく翼を動かし始めた。
『よし、これなら追いつくな』
(あの黒龍は明らかにこの国の端にある城を目指してるっぽいんだよな……。目的は国じゃない?国民の虐殺が目的ならコロッセウムを攻撃すればいいし……あの城になにかあるのか?)
アランは視線の先にある城を見る。
城の外観は苔に覆われており、数百年は使われていないだろう事が分かる。
『よし、“ガガ丸”ッ!全速力で飛べッ!!!』
『ガガッ!?』
――――――――――――――――――
黒龍を追い古城の前へと着陸する。
敷地の中には観客席の無い開放的なコロッセウムが設置されており、黒龍はその中央で鎮座していた。
そして、こちらの存在に気が付くと、紅く光る眼でコチラを静かに見返してきた。
『……へぇ、これもしかしてさ――――――俺が誘い出された感じか?』
『グルルルルルル』
黒龍は唸り声を上げながら、翼を大きく広げる。
そして、その動きに反応してガガ丸は体を小さく丸めた。
『ガガ丸お前はどっか安全な場所で隠れてろ。ちなみに人を襲ったら容赦なく殺すからな』
ガガ丸は異様に長い首をブンブンと素早く縦に振ると、全速力で走り城の中へと逃げて行った。
『――――――それで?俺に何か用でもあるのか?デートがしたいとかなら考えるけど?』
アランは自身の影に腕を突っ込み【黒の大剣】を取り出す。
すると、黒龍の遥か上空に小さな亀裂が入った。
それは先ほどの黒い亀裂とは違い、隙間からは神々しき光が漏れ出ていた。
『オイオイオイ、次から次へと何なんだよ。来るならちゃんとアポを取ってからにしてくれよ。学校で報連相って習っただろ!』
光り輝く亀裂から、汚れ一つない純白のローブを着た何者かが現れた。
そしてそれは、美しく白い翼を大きく開きながらゆっくりと降りてくる。
それはまさに天使の降臨と呼ぶべき神々しき光景であった。
『――――――人の子よ、恐れなさい。その罪深き在り方を』
その人ならざる者はふわりと黒龍の頭の上に着地した。
額には横線状の傷が入っており、腰まである青い髪は太陽の光を反射し光り輝いて見えた。
『――――――我が名はザフキエル。【座天使】ザフキエルである』
女性と思しき美しい声を奏でながら両手を左右に開き、柔らかな笑みをアランへと向けていた。
その瞳には慈悲に近い感情が宿っており、ある種の慈愛であった。
『……天使か』
『闇に魅入られ、闇に理を見出した咎人よ。第二の審判をもって――――――その罪を償い給え』
ザフキエルは右手をこちらへと向けてきた。
そして次の瞬間、黒龍の周辺に荒々しい風の竜巻が発生した。
複数の竜巻は段々とその大きさを広げていった。
『悪いけど、あんた等のシナリオに付き合うつもりはねーよ』
【黒の大剣】を勢いよく地面と水平に薙ぎ払う。
剣圧によって発生した風の刃が竜巻に衝突する。
竜巻は上下真っ二つに断ち斬れ回転力を失い消滅した。
しかし、直ぐさまに小さな旋風となり復活する。
『本体を狙うのが手っ取り早いか』
アランは断続的に楔影を地面へと打ち込み、その伸縮性を利用し一気に黒龍との距離を詰める。
そして慣性エネルギーを殺すことなく、勢いよく【黒の大剣】を黒龍の首元へと振り下ろした。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!!』
黒龍は悲痛感を帯びた低い叫び声をあげた。
――――――――――――――――――
『ッ!!!』
ベノミサスは反射的に空を見上げた。
『……どうしたのベノミサスちゃん?』
隣で体育座りをしながら小さく丸まっているドラコは、キョトンとした表情でベノミサスの顔を見る。
『……なんだろう。今……誰かの声が聞こえたような』
『声ですか?うーん、私には聞こえなかったよ!』
『……いやでも確かに――――――』
その時、ベノミサスの頭にもう一度声のようなものが聞こえてきた。
『ッ!!!やっぱり聞こえる!!!』
バッとベノミサスは立ち上がった。
黒く長い髪が左右にバサバサと揺れる。
『――――――行かないと』
『一人じゃ危ないよッ!!!』
ドラコは咄嗟にベノミサスの腕を掴んだ。
『で、でも……』
『なら私も行――――――』
『駄目じゃ』
椅子から立ち上がろうとした所でクロエの静かな言葉が聞こえてきた。
その瞬間、ドラコとベノミサスの体は硬直し震えだした。
『――――――座るのじゃ』
二人は震える体をなんとか抑えながらクロエの方を見る。
『……な…………にを……』
『それはただの恐怖じゃよ。生物としての性質が龍に近い影響でただの人よりも強く生存本能が反応しておるんじゃろうて』
クロエの表情はいつもと大差はなかった。
しかし、その口から出た言葉には恐ろしい程の“圧”があった。
『何があったのかは知らんが、ここから動くことは許さないのじゃ。お主らの身に何かあれば――――――わしが怒られるのじゃッ!!!』
くわっと目を開きながらペシペシと椅子の腕置きを叩く。
『……おね……がい』
ベノミサスは足をプルプルとさせながらクロエの傍まで近づこうとする。
『クロエちゃん。私が一緒に行けば大丈夫じゃない?』
コレットが間に入ろうとする。
『お主とドラコは先の闘いで万全の状態ではない。駄目じゃ』
『ならイザベラちゃんなら――――――』
『駄目ですわ。わたくしはクロエ様の傍を離れる訳にはいきません』
『そんな……』
コレットは項垂れるベノミサスの後頭部を見下ろす。
すると、クロエがおもむろに立ち上がった。
『……――――――とは言えじゃ』
クロエはやれやれといった表情でベノミサスの頭に手を置く。
すると、ベノミサスの体を囲うように幾何学模様の魔術陣が出現した。
『仲間を泣かせたとバレたらそれはそれで――――――めんどくさそうじゃよな』
『……え?』
魔術陣は光り輝き始める。
『――――――面倒ごとは弟子に押し付けるに限るのじゃ』
その言葉と同時にベノミサスの姿が消えた。
――――――――――――――――――
アランは【黒の大剣】を強引に押し付ける。
しかし、黒龍の首に傷が付くことはなかった。
(……なんだ?元から体中に傷があるのに、俺の攻撃は全く通らない――――――なんかの魔術か?)
視線を上げザフキエルを見る。
『えぇ、お察しの通り私の力ですよ』
『……崇高なる天子様。愚かなるわたくしめに、貴方の能力を教えてはくれませんか?』
『おぉッ!!!なんとッ!!!なんと謙虚で勤勉なのでしょうかッ!!!』
ザフキエルは満面の笑みを浮かべながら白い翼をパタパタと動かし始めた。
その姿には先ほどまでの威厳は無くなっており、ご主人が帰宅した時の小型犬のような騒がしさがあった。
『それは私の権能の一つ【血と知】の効果です。“発生したダメージを情報へと変換する“凄く優秀な能力ですッ!!!』
『……ん?情報に変換する?』
『はいッ!!!より具体的に説明しますと、切り傷が出来た際、それは物理的な傷跡を作らず、切り傷によって発生した痛みのみを受ける事ができるのです。ただし、その際に発生した痛みの情報は、物理的に受けた痛みの倍の数値を持つので注意が必要ですけれどね』
(……なるほど。つまりは、通常の倍の痛みを受け入れれば、体に傷が残らずに出血死等のリスクを回避できるって事か……ヤバくね?)
『それって理論上、とんでもない忍耐力があればどんな外傷も受け付けないって事だよな?』
『そうですッ!!!』
ザフキエルは満足そうな表情でこちらを見下ろす。
『因みに耐えられなかった場合はどうなる?』
『万が一痛みに耐えきれず廃人になってしまっても、記憶を全て消し去れば全く問題なくなりますッ!!!』
『――――――記憶を消す?』
『はいッ!!!』
アランの脳内に一つの仮説が浮かび上がる。
『因みに……神々しき大天使ザフキエル様は霊宝山の一件に関わってたりする?』
『霊宝山ですか?……あぁ、あの失敗作の事ですか。それなら私も協力していま――――――』
刹那、黒き一閃がザフキエルの首を襲う。
しかし――――――
『――――――やれやれ、大天使の言葉は最後まで聞くべきですよ?』
【黒の大剣】を片手で受け止めながらザフキエルは冷静な態度で話をかけてくる。
『やっぱり天使って糞だわ』
『おぉ……なんと汚く罪深い事を……これは私が貴方を――――――救わねばなりませんね』
ザフキエルの額の傷がゆっくりと開き始める。
それは楕円形状に広がり、そして――――――三つ目の瞳を形造った。
『――――――【罪深き罪人に天罰を】』
アランは頭上を見上げる。
すると、晴天の空から青紫色の光る粒子が雨の様に降ってきているのが見えた。




