黒の大太刀
降り注ぐ【氷の雨】を器用に躱しながら、その幾つかを殴り飛ばす。
高速で飛ばされた【氷の雨】はフィーヤに向かって襲い掛かる。
『無駄ですよ~』
氷の塊はフィーヤの体に直撃する事はなく、その手前に出現した氷の壁によって阻まれてしまう。
氷の壁には傷一つ付いておらず、その強度の高さを確認できる。
(……あの氷の壁が邪魔過ぎるな。シャーナが使ってた盾みたいにオードガード性能でもついてんのか?ってくらい防いでくるんだよな。【魔王】で全身武装すりゃ貫けそうだが――――――)
空中に複数の小さな氷の塊が生まれる。
そして、それはみるみると大きくなっていき、次の瞬間には【氷の剣】に成長した。
その数は優に百は超えており、アランを囲む様に空中に固定されていた。
『段々と魔術の強度が上がっていきますので――――――耐えてくださいね』
嬉しそうにそう言うと、一斉に【氷の剣】の剣先がアランの方へと向いた。
『――――――【黒迅雷】』
アランの体から黒い静電気のようなものが発生する。
手に持っていた黒の大剣を地面へと突き刺す。
そして次の瞬間、【氷の剣】が射出されるよりも速く移動し、一瞬にしてフィーヤの前へと出た。
『魔王流 四十二式――――――【血掌華】』
黒い軌跡を描きながらアランの拳がフィーヤを襲う。
しかし、先ほどと同じように薄いガラスのような氷の壁に阻まれる。
『う~ん、それでは私まで届きませ――――――』
アランはにやりと笑う。
『――――――咲け』
その瞬間、氷の壁に亀裂が入る。
そして、血で出来た鋭利な棘が氷の壁の中央から飛び出てきた。
フィーヤの全身を鋭い血の刃が強襲する。
『……なるほど。“それ”お前の意思で動かしてる訳じゃないんだな』
飛び出た複数の血の棘は一つも通る事はなく、小さな氷の壁が全てを防いでいた。
不意を突き、そのうえ防がなくてはならない箇所が複数あったにも関わらず、その全てに対し正確に対応して見せた。
とどのつまりそれは、攻撃に対して自動的に防御してくれる何らかの魔術が発動していることを意味していた。
『――――――流石に今のはびっくりしましたね』
アランの背中を狙撃するかのように【氷の剣】が襲い掛かる。
『――――――【楔影】』
【血影】で作成した短剣に【楔影】を固定する。
そしてそれを空中に固定されている【氷の剣】に対して投擲した。
アランは【楔影】の伸縮性を利用し、襲ってくる【氷の剣】を躱しながらフィーヤの頭上を取るように空中へと移動した。
『――――――【魔王】』
アランの体を覆うように影が広がる。
そしてそれは、一瞬にして一つの全身鎧を形造った。
『エラードの時に見せた魔術ねッ!!!』
満面の笑みを浮かべながらフィーヤは【氷の剣】を一斉起動させた。
空中にいるアラン目掛け容赦のない剣の雨が襲い掛かる。
『魔王流 二十五式――――――【転影欠月】』
刹那、アランの姿が消えた。
飛翔する【氷の剣】は止まることはなくそのままアランが居た場所に突き刺さる。
しかし、【氷の剣】同士が対衝突するだけでアランに当たる事はなかった。
フィーヤは咄嗟に周囲を確認する。
だが――――――
『――――――これは防げるかな』
次にフィーヤがアランの姿を視認した時には既に、黒の大剣が自身の体へと振り下ろされていた。
複数枚の氷の壁が重なり合うように出現しその一撃を防ごうとする。
衝突音と共に一枚、二枚、三枚と割れていく。
そして、最後の一枚に到達した時、ギリギリで黒の大剣は動きを止めた。
『……硬すぎんだろ』
『――――――【霧の女主人】』
アランの体の表面を白い霜のようなモノが覆い始めた。
吐く息が白く染まる。
そして、足先からピキピキと音を立てながら氷が体を伝い始めた。
『効かねぇよ』
足を強引に地面から引き抜く。
パキパキと破裂音を鳴らしながら前へと進み黒の大剣をそのまま強引に押し込む。
しかし、氷の壁はヒビが入るとすぐに修復されてしまい埒が明かなそうだった。
『うーん――――――“合格”』
『は?』
そう言うと、フィーヤは空中に氷の階段を造りそのまま昇って行った。
アランはその後を追おうとするが、足が凍結し地面と繋がれてしまい思うように動けなかった。
『オイオイ鬼ごっこか?』
『違うよ~。ちょっとテストをさせてもらったんだよ!』
上から見下ろしながらフィーヤはクスクスと笑う。
『……へぇ~、まだ俺の実力を疑ってたんだ?』
『そうだね。だってさ、やりすぎて“殺しちゃう”とまずいじゃん?』
『安心しろよ、あんたが全力を出しても――――――俺を殺せないと思うぜ?』
アランは指をクイックイッと前後に動かし挑発する。
『フフッ、そう言ってくれて嬉しいよ。他の【逸脱者】連中はエリス以外遊んでくれなくてさ』
『世間話はこれくらいにしてサッサとかかって――――――』
地面に大きな影が出現した。
咄嗟にフィーヤよりも更に上、上空を見上げる。
すると――――――凄まじい程大きい氷の塊が見えた。
それは太陽の光を完全に遮り、フィールド全体を影で埋め尽くすほど巨大だった。
『――――――落ちて来る“山”を受け止めたことはあるかしら?』
『……』
圧倒的な質量の塊。
そこには人が蟻を踏み潰すかの如き無慈悲さがあった。
生半可な攻撃ではどうする事も出来ない絶望。
大半の人間はアレを見るだけで戦意を喪失してしまうかもしれない。
大気を押し進めながら巨大な氷塊が落ちてくる。
『――――――降参する?』
フィーヤは無邪気な子供の様な顔でコチラを見ている。
それに対して、アランは怖気付く様子を見せる事なく笑顔で返した。
『冗談だろ?』
『そうこなくっちゃッ!!!』
アランは手に持っている【黒の大剣】を軽く振った。
すると、遠心力に任せる様に剣の形状が変化した。
それは【妖精楽園】のグレイが持っていた刀に似ており、刀身は細く反っていた。
しかし、明らかに違う点が一つあった。
刀身の長さが違うのだ。
アランの身長よりも更に長く、3メートルを優に超えるほど大きかった。
【魔王】は暗影魔術と黒血魔術を合わせた俺の魔術テーマだ。
色々な状況に対応できたりと便利な魔術が多い分、四大属性魔術には火力、出力という面でどうしても後れを取ってしまう。
ある程度は創意工夫で何とかなるが、今回の様に火力の暴力で押しこられると途端にキツくなる。
だからこそ、魔力の性質を一時的に変化させる技術は革新的だと思ったんだ。
【黒迅雷】の具体的な効果はまだ分かってはいないが、少なくとも――――――この状況を打破できるだけの火力リソースにはなり得ると確信はある。
アランは【黒の大太刀】の刃に左手を添え居合の構えをとる。
触れた部分から刀身の先に向かって血が流れ始めた。
刀先から溢れた血がポタポタと地面に落ちる。
体を、刀身を黒い静電気のようなものが走りバチバチと音を立てている。
『魔王流 十四式――――――【黒死乱舞】』
刹那、血の斬撃。
一切の動きを見せない程の神速の居合術。
幾重にも重なった乱雑な血の斬撃が氷塊へと飛翔する。
しかし、氷塊へとぶつかった瞬間、血の斬撃は姿を消した。
『へ~、遠距離魔術とか使えたんだ?――――――でも全然効いてないっぽいよ?』
『別に、当たって打ち消されたって訳じゃないぜ?』
『……え?』
フィーヤは頭上を見る。
一見すると氷塊に異変は見られない。
しかし、よく見ると氷の表面に溝の様なものが出来ていた。
『――――――じゃ、観客席に落ちない様によろしく』
『……嘘でしょ』
山と見間違うほどの巨大な氷塊はピシピシと悲鳴の様な音を鳴らし始める。
そして次の瞬間――――――空中で6等分に裂けた。
割れた6分割された氷塊は軌道を変え観客席へと落下する。
観客席からは悲鳴が聞こえ始め、慌てて立とうとしたのかその場で転んでいる者もいた。
『……まさかアレを斬ろうと思う奴が他にもいるなんてね』
『単純な力の押し合いだと闇属性の魔力持ちである俺は不利だからな。どう頑張っても魔力属性の有利不利の壁は越えられない。だからこそ――――――』
アランは得意そうな表情でフィーヤの顔を見る。
『――――――技術で何とかするしかないだろ?』
『……そうね。魔術士の世界には【研究こそ魔の真理であり、強さである】って考えがあるけどそれと似た様なものなんでしょうね』
フィーヤは氷の杖を軽く振る。
すると、落下していた氷塊は粉々に砕け散り、手のひらサイズの氷の結晶へと姿を変えた。
ゆっくりと落下していく氷の結晶はどこか神秘的で美しかった。
『まるで【真冬に降る氷の奇跡】って感じの光景だな』
『随分とロマンチックなことを言うんだね』
『別に口説いてる訳じゃないぞ?』
『ふふっ、勘違いしてるわけじゃないよ?』
そう小さく笑うと、フィーヤは氷の杖を横薙ぎに振った。
『遠距離攻撃でチクチクしようにも動きが速くて当たらない、だから霧で肺ごと凍らせようとしてみたけど何故か凍らない、で質量の暴力ならいける!と思ったけど技術でアッサリと対処されると……』
フィーヤは口角を引き上げながら己の感情を抑えられずにいた。
それは、新しい玩具を貰った子供の様に純粋な笑顔であった。
『もう――――――どうなっても知らないよ?』
『何度も言わせんなよ――――――』
手で被っている黒の兜の位置を調節する。
そして、カチカチと全身鎧から音を鳴らしながら【黒の大太刀】を構える。
『サッサとこいよッ!!!』
フィーヤは【氷の杖】を大きく振り上げた。
『【氷雹霊――――――』
その時、フィーヤの言葉を遮るように――――――とてつもなく大きな轟音が上空から鳴り響いた。
岩を斧で砕くかのような耳障りな粉砕音にも似たそれは、段々を大きくなりながら聞く者の不安を増大させていく。
『……なんだアレ』
アランとフィーヤは一度手を止め上空を見る。
すると、何もない空中に黒い亀裂が入っていた。
それは轟音と共に段々と大きく裂けていく。
黒い亀裂の中から、ドロリと粘性の高い黒い液体が垂れ始めた。
そして、その後ろから人影のようなモノが現れた。
『なぁ、あいつ等ってお前の知り合いだったりする?』
『……知りませんね』
包帯で全身をぐるぐる巻きにしている仮面を付けたナニカ。
黒くて長い髪に、漆黒の大きな二本の角を持つ鎧を身に纏った青肌の男。
そして、その二人の後ろからグルルルルと唸り声を上げながら顔を出す鎖で縛られた巨大な竜。
明らかに危険だと分かる存在がその姿を現した。
仮面を付けた人型のナニカは、両手を大きく広げる。
そして、声高らかに宣言を行った。
『――――――さぁ、殺戮ショーの始まりだ』
その宣言と同時に、コロッセウムの外から甲高い悲鳴が響き渡ってきた。




