ウェイン・アーデンハルト
アランは自身の右手を見る。
体の表面を黒い静電気のようなものが走っており、いつもより体全体が軽く感じられた。
(聞いてた話だと、体に相当な負荷がかかって滅茶苦茶シンドかったらしいけど……なんか逆に調子が良いな。ってか結局この魔力の属性が何なのか分からないな。黒い静電気みたいなものが見えるし……風属性の雷系統の魔力とかか?。体が軽いのもクレアさんのエアリアル・ブーツ的なやつが働いてるとか?)
視線をやや下に移すと、顎に左手を当てながらこちらを睨むウェインの姿があった。
左手は光り輝いており、回復魔術を使っているのが分かる。
うっ血した箇所が徐々に小さくなっていっていき、完全とは言えないが多少は見れる状態にはなっていく。
(ウェインの状態を見るに、外部に影響を及ぼすような属性ではない可能性が高いか。まぁ、光と闇属性以外の四大属性全ての魔素を取り込んじまってるから直ぐに効果を特定するのは難しそうだな)
ウェインはゆっくりと立ち上がった。
そして、疑うような表情でアランの事を見る。
『……何故攻撃をしてこない?絶好のチャンスだったろう?』
『お前にとっては大切な戦いなのかもしれないけどさ、俺にとっては決勝に向けた準備時間でしかないんだよな』
『戯言を言うな。過度な身体強化魔術による副作用だろう?』
『何の話だ?俺はこの試合【魔王】も【壊理剣】も使うつもりはないぞ。正直、もう一枚手札が欲しいなぁって感じでさ』
『貴様はさっきから何を言って――――――』
刹那、アランの姿が消えた。
ウェインは即座に自身の体を囲む様に【騎士の盾】を展開した。
『来いッ!!!どこから来ようと無駄だと知――――――』
『お邪魔します』
突如としてウェインの背後に現れたアランは【騎士の盾】を片手で軽く叩き落とした。
叩き落とされた【騎士の盾】は粉々に砕け散り跡形もなく消えた。
『調子に乗るなッ!!!』
周囲に展開していた【騎士の盾】を束ねアランに向けて殴る様にぶつけた。
パリン
ガラスが砕けるような音が響いた後、半透明な欠片がバラバラと地面へと落ちる。
困惑した表情のアランは砕けた【騎士の盾】を見下ろす。
欠片となり積もった【騎士の盾】は先ほどと同じようにサラサラと音を立てながら消え去った。
そして、アランは一瞬悩む様な仕草を見せた後――――――ウェインの頬を引っぱたいた。
『本気でやれッ!!!』
パンッと気持ちのいい音を鳴らしながら、強烈な平手打ちがウェインの頬を捉える。
叩いた肉が裂けるような鋭い感覚が自身の掌に広がる。
そして直観的に理解してしまう――――――これはヤバイと。
『――――――あっ、ごめん』
ビンタされるように叩かれたウェインはフィールドを囲む様に設置された内壁に衝突した。
口からは大量の血が溢れ出ておりその衝撃の強さを物語っていた。
乱れた髪が目を隠しているせいで表情が上手く見えない。
『……オイオイオイ――――――これで終わりとかないよな!?おい!!!田舎のお袋さんが泣いてんぞ!?』
――――――――――――――――――
薄れゆく意識の中、背丈の小さい金髪の少年が目の前に現れた。
見慣れた風貌の少年は静かに歩きながら近づいてくる。
【――――――どうしたの?これで終わりなの?】
(……お前は――――――)
【あの時誓ったじゃないか。彼女の隣に居れるくらい強くなって見せるって】
(……現実は非情だった。必死に努力しても才能の壁は超えられない。どれだけ頑張っても無駄だった……全部無駄だったんだよ――――――お前はその現実を知っているだろう?)
【本当にそう思っているのなら、どうして今――――――そんなに頑張っているの?】
(煩い……黙れ。黙ってくれ)
【全く、どうして僕はこうも捻くれちゃったんだろうね?他人の女を奪い取っても、自身の心の穴は埋まらないのに】
(……)
ウェインはゆっくりと顔を上げる。
すると、視線の先には少し慌てた表情を浮かべながら近づいて来る黒髪の青年の姿が映った。
あぁ、そうだ。
俺はコイツにムカついたんだ。
弱くて何もできない癖に、さも当然のように好きな女の隣に居られたコイツに……嫉妬したんだ。
だから奪ってやった。
弱者というのは、望みを叶える為の力を持つことが許されず、ただ失うだけの哀れな存在だ。
輝きを下から見上げる事しかできない。
そう、俺だったんだ。
俺はコイツに――――――自分を見た。
だからムカついた。
努力が足りず、ただ嘆いているだけの雑魚。
それが俺であり、オマエだったはずだ。
なのに――――――
【そんな存在が強くなって帰ってきた】
(……)
【それも、あのサーシャが注目するほどまでに】
(……)
【ただ奪われるだけの弱者が、かつて輝きを奪い取られ搾りカスとなった弱者が、今は自分の輝きの隣に並ぶかもしれない程強くなって帰ってきた。ハハッ、全く――――――因果応報とはこの事だね、僕】
(……これは、俺にとっての罰なんだろう?俺が招いた結果だ。だから受け入れよう)
【らしくないね】
(人は成長する生き物だ。これが俺にとっての成長だった、それだけの話だ)
【ふーん。まぁ、いいや】
少年は体の向きをアランへと変えた。
【力の差は歴然。ここで大人しく終わろうか】
(……)
【どうしたんだい?諦めて罰を受け入れる事にしたんだろう?】
(フッ……)
【何かおかしいことでも?】
(いやなに、お前のほうこそ俺らしくないなと)
【……】
(あの雑魚かったカスがあそこまで強くなれたんだ。であるのであれば――――――俺だって強くなれるはずだろう?)
【傲慢だね】
(あぁ、そうだ。その愚かさが――――――俺という人間を唯一肯定してくれる)
白銀の槍を握る手に力が入る。
そして、そのまま地面へと突き刺した。
ウェインは様子を見るようにこちらを向くアランの瞳を見る。
『――――――【白蝶の鎧】』
金属製の鎧が姿を変える。
背中には蝶を連想させる大きな二枚の羽が生え、前部には小さな二枚の羽が付いていた。
地面に突き刺さった白銀の槍を引き抜きその切っ先をアランへと向ける。
『――――――どうした?俺はまだピンピンしているぞ』
口角を上げながら真っすぐにアランの事を見る。
その瞳に絶望の色はなかった。
『……ったく。お前ってそんなに熱い奴だったか?』
『初心を思い出した。それだけだ。それと、エマの事を謝罪するつもりは毛頭ない。あれはお前の弱さが招いだ結果だからだ――――――甘んじて受け入れろ』
『ハッ、言ってくれるじゃん。まぁ、ごもっともだな』
同じように口角を上げながらアランはウェインの事を見る。
『――――――じゃ、続きを始めようぜ』
『サッサと来い』
ウェインは背中の羽をバサリと羽ばたかせ、内壁を沿うように飛翔した。
そしてそれと同時に、空中に複数本の【光の槍】を作り出した。
『――――――【千光雨】』
光の槍は降り注ぐ雨のように一斉にアランに向かって射出された。
『こりゃあ、傘を持ってくるんだったぜ』
不規則に襲いかかって来る光の槍を必要最低限の動きで躱していく。
アランは地面に突き刺さった光の槍を手に取る。
すると、光の粒子となり消えていった。
(投げ返そうかと思ったけど触れると消えるのか。ってか光属性の魔力でできてるから【暴食】の権能で吸収する事もできないのな)
アランは助走を付けながら内壁へと飛び乗る。
そして――――――そのまま内壁を凄まじい速度で走り始めた。
体から溢れ出ている黒い稲妻の様なものの影響か、遠目から見ると黒蛇が壁を這っているように見えた。
『ハハハハハッ!!!ホラホラッ!もっと速く飛ばないと追いついちゃうぞぉ~』
『……チッ、化け物が』
ウェインはアランから逃げるように飛翔しながら手元に、先が三っつに分かれた光の槍を作成する。
そして、小さく振り向きながら二メートルはある【三又の槍】を全身を使いながら投擲した。
『――――――【三閃槍】』
三閃槍は段階的に加速していき、音速を越えた。
音を置き去りにした光の一閃がアランを襲う。
『やるじゃん』
三閃槍が自身の体に当たる直前、恐ろしく速い振りの手刀で殴り壊した。
砕けた三閃槍はパラパラと輝きながら消えていった。
『……チッ』
(こちらに向かって来ているのだから体感接近速度は槍の速度を超えていたはずだ……投擲で奇襲をしかけるのは魔力の無駄だな。だが、このまま逃げ続けてもジリ貧は必然――――――であればッ!!!)
ウェインは遠心力を利用しクルリと身を反転させるとアランの方を向く。
そして、白銀の槍を両手で持ちながら待ち構える。
『オイオイ!鬼ごっこはもう終わりか?』
『できるのなら受け止めてみろッ!!!』
黄金に輝く光が白銀の槍を覆うように集まりだし一つの巨剣を作りだした。
ウェインは背中の翼の出力を最大まで上げ、アランへと突撃するように光の巨剣を振り下ろした。
『光装剣――――――【黄金の剣】!!!』
黄金の剣は壁を走りながら直ぐそこまで迫っていたアランを完璧に捉えた。
しかし――――――
『――――――今のはちょっと効いたぜ』
振り下ろされた黄金の剣は光の粒子を散らせながら止まっていた。
剣先を見るとアランの右腕があり、完全に受け止められていた。
それも片手で。
『――――――クッ……』
ウェインは態勢を整えようと黄金の剣を引こうとしたが、微動だにしなかった。
アランは壁を蹴る様に跳躍し強引にウェインを黄金の剣ごと地面へと叩きつけた。
『グハッ――――――』
ウェインは受け身を取る事も出来ず地面へと衝突する。
背中の羽は粉々に砕け散りその機能を停止した。
アランは両腕を組みながらウェインが立ち上がるのを待った。
『……どうした?中央最強のギルド隊長様が――――――この程度で終わるわけないよな?』
『…………』
『――――――え、戦意喪失してる?』
仰向けになりながらウェインは全く動く気配を見せない。
両手を大きく広げながら大の字で空を見上げていた。
(……あぁ、勝てないな。単純な身体能力から違い過ぎて勝負にすらならない。魔術の強度で勝負できるかと思ったが……使わせる事すらできなかった)
右腕を持ち上げ空に向けて掲げる。
燦々と輝く太陽の光が指の隙間を通り抜け顔に当たる。
(……エマにあんな啖呵なんてきるんじゃなかったな。ハハッ……あぁ、そうか――――――俺はまた失望される事に怯えていたのかもな)
ウェインはゆっくりと立ち上がる。
『――――――全力を出してもいいか?』
『おっ!!!気絶してなかったのか!!!』
『あぁ、少し休憩をしていただけだ。それで?俺の質問に答えてはくれないか?』
『全力だっけか?――――――』
アランは口角を引き上げながら指をクイックイッと挑発するように動かす。
それを確認すると、ウェインは白銀の槍を地面へと突き刺す。
『――――――【我が不変の誓いをここに。我が信念。我が願い。我が血。そして、我が命を貴方に捧げます】』
ウェインは全身が無防備な隙だらけの格好で詠唱を始めた。
アランがその気であれば詠唱を破棄させることも可能であろう。
しかし、アランは動かない。
そして、ウェインはそのことを分かった上で詠唱を続行した。
『【我が誓いを聞き届けよ――――――白銀の槍】ッ!!!』
ウェインの体を白銀のオーラが包み込み、次の瞬間には黄金色に輝きだした。
更に、白銀の槍を自身の頭上へと投擲した。
『今の俺が使える最強の一撃で貴様を討つ――――――【黄金】準開放――――――【終末騎士】』
ウェインの体から溢れ出ていた黄金色のオーラが消失していき、みるみるうちに白銀の槍へと吸い込まれていく。
光り輝いていた白銀の槍は黄金色の槍へと姿を変え、光輝を放ちながら空中で回転を始めた。
『……なんだよ、もっと遊ぼうぜ』
『最初に言ったろう?【貴様のペースに付き合うつもりはない】と』
『全く――――――しょうがねーな』
アランは自身の左掌に魔力を集める。
黒い稲妻がグルグルと回転しながら一点に収束していき一つの黒い球塊を作り出す。
漆黒の闇が渦巻き、全てを無に帰す終焉がそこにはあるように思えた。
しかし、それは完全ではなく――――――未完の状態であった。
『――――――魔術は使わない、と言っていたと思うが?』
『お前の顔を見てたら気が変わったわ』
『そうか』
アランは掌の黒い球体を観察する。
(……今の状態ならいけるかなって思ったけど、クロエのやつには全然届いてないな。やっぱり魔素レベルだと薄いか――――――まぁ、これから改良していけばいいか)
――――――――――――
『クロエちゃん、あの黒い球って何か知ってる?』
『知っておるもなにもワシが教えた技じゃぞ。【全】を【一】にする事ができる、ワシが持っておる技の中で最強格の一つじゃ』
『……え、魔術は使わない!ってカッコつけてなかったっけ!?』
『さぁな、気でも変わったんじゃろう』
『えぇ……』
コレットは困惑気味な表情でフィールドを見る。
――――――
光を纏う聖槍が最期の一撃を構え、周囲の空気を切り裂く程の圧を放ちながらコチラを見ていた。
ウェインは片膝を地面につけながら、アランに問いかける。
『受けているダメージの分だけ威力が増す……俺の切り札だ。限りなく100%に近いこの一撃を――――――どう耐えて見せる?』
『耐える?少しはジョークの使い方を覚えた方が良いんじゃねーかな?』
『そうか。であれば――――――死んで後悔すると良い』
ウェインは右掌を開きながら、アランへと向ける。
『貫け――――――【最期の聖槍】ッ!!!』
魔術の発動と同時に、闇を切り裂く英雄の一撃がアランを襲う。
強烈な魔力流が周囲の大気を叩き轟音を響かせる。
しかし、アランの表情は一切変わらない。
左掌に作成した黒い球体に右手の親指、人差し指、中指の三本指を突っ込む。
そして、右肩を弓矢を引くかのようにゆっくりと後ろへと動かす。
黒い球体から、黒く細い“矢の様なモノ”が引き抜かれる。
それは定まった形状を持たず、黒い線の様にも見えた。
アランは黒い球体を銃の標準のように最期の聖槍へと向ける。
『――――――黒――――――【天穿】』
そう小さく呟くと、黒矢の尾を引いていた右手を静かに離した。
刹那
一切の音も、衝撃も、残影すら残さずに――――――最期の聖槍は一瞬にして消滅した。
ウェインは両膝を地面へと着けると、満足したかのような顔をしながら――――――そのままうつ伏せに倒れた。
アランは静かに近づきウェインを見下ろす。
『これで終わりか?』
『……あぁ、全部出し切った。――――――俺の負けだ』
『……そっか』
ウェインはアランの足を掴む。
その手は痙攣しており、既に限界を迎えていた。
『――――――殺せ』
『……悪いけど、どこかの誰かと違って俺は“弱い者イジメ”なんてするつもりはねーよ』
『だが、ケジメは必要だろう?』
『お前にとってのケジメは【エマに対して最期まで責任を持つ事】だろ?』
『……貴様は甘いな』
ウェインは掴んでいた手を離した。
それを確認した後、アランは踵を返し歩き始めた。
『――――――這い上がってこいウェイン・アーデンハルト』
そう言い残すと、アランはフィールドを後にした。
這いつくばりながらウェインはアランの後ろ姿を見る。
その背中はあまりに大きく、自分のモノとは違っていた。
それはまるで――――――背負っている物の大きさから違うよう感じられた。
『……貴様に言われるまでもない』
震える手で砕けた鎧の欠片を掴む。
キラリと光る鉄の欠片が手に突き刺さり地面へと血が滴り落ちる。
準決勝 大将戦決着。
勝者――――――アラン
90000pvありがとうございます。
最近は寒暖差が激しいので体調管理には気を付けていきましょう()




