アルド戦③
『ぐっ……どうして執拗に僕の眼鏡を狙うんだ』
『キラキラして目立っていたので!!!』
『ぐぐぐ、太陽の光許すまじ』
アルドはヨタヨタとよろめきながら後ずさる。
『ハッハッハッ!何処へ行こうというんですか!!!』
ドラコは駆け足でアルドとの距離を詰める。
しかしその途中、ガクリと膝が落ち、転んでしまう。
『痛い!!!』
足元を見てみると、そこには躓きそうなモノは何もなかった。
膝からは血が垂れており、軽く擦りむいているようだった。
『転ぶなんて久しぶりですね。まぁ、今はそんな事はよくて、まずはトドメを――――――え?』
立ちあがろうと腕に力を入れると、何故か逆に力が抜けてしまい上半身の体勢を保てなかった。
そして、そのままドサッと音を立てて倒れてしまう。
『……え?え?え?』
突然の事に頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
根っこからはすでに解放されており、体には何も触れてはいない。
であるのにも関わらず、体に上手く力が入らず、手足の感覚が鈍い。
(……これはもしかして毒!?でも、いつ盛られた?そんなタイミングは――――――)
横たわるドラコの視線の先に、黄色い花が嗤うように咲いていた。
爛々と咲くその花からは、目視でも確認できるほどの花粉が飛んでいた。
『……もしかして――――――』
『全く、凄い身体強度だね。アルファルネの花粉には強力は麻痺物質が含まれていてね。普通なら10秒と持たないはずなんだけど……もしかしたら地中にいた影響で効きが悪かったのかもね』
ゆっくりとアルドはこちらを振り向いた。
その顔は水の魔術を使ったのかビショビショに濡れていた。
『さて、これでもう奥の手はない感じかな?』
『……お兄さん凄い強いですね』
『まぁね。一応、エマさんが来るまでは【帝国騎士団】の中で一番守備が硬いのが僕だったからね』
『エマって人に負けたんですね』
『そうだね。やはり、結界の方が純粋な硬さがありますからね。ただ――――――』
アルドは既に折れ曲がった眼鏡と思しき何かをクイッ直す。
その表情には、確実で、確かな自信の色が見え隠れしていた。
『経験者という点では僕の方が上なんだからね!!!』
アルドは観客席に座るエマに向かってビシッと指を刺し、何やらゴニョニョと独り言を始めた。
エマはビクッと肩を振るわせながら、ウェインの後ろへと隠れる。
その間、ドラコはこの苦境を打開しようと体をモゾモゾとさせながら、何とか動かせないかと試みていた。
(うぐぐぐ……全然動けない。体の強さでは私の方が上なのに!!!このままだと――――――)
その時、観客席に座るアランの姿が視界に入った。
(……え、なんですそれは?)
アランは手を丸めながら握りこぶしを作っていた。
そして、それをゆっくりと下げていく。
さらに、下げた後、もう片方の空いた手で上方向に勢いの謎の動きを見せ、終いにはパァッと大きく開き爆発させていた。
(な、何ですかそれは?……手を下に下げて、もう片方の手で何をしてるんですか!?意味がわからないですよ!!!)
ドラコは打ち上げられたオットセイの様に、ペタペタと上下に跳ね抗議する。
すると、アランは満足したかのような表情を浮かべながら腕を組みこちらを見始めた。
(アランさん!!!何でそんなに満足気なんですか!!!何も伝わってないですよ!!!)
アランはふぅーと息を吐きながら、額に付いた汗を手で拭う。
(一仕事したみたいな雰囲気を出さないでくださいよ!!!何もしてないですよ!ただ手で遊んでただけですよ!!!)
ドラコは必死にアランの意図を考える。
あの拳は何を表現していたのか。
もう片方のあの謎の動きは何だったのか。
クロエちゃんが食べているアイスが美味しいそうでズルい。
あの最後の何かが破裂しているようなやつは何だったのか。
アルドが発作を起こしている足元で、ドラコは限界まで脳みそを使う。
(……ゆっくりと拳を下げてたけどアレはもしかして……“私”?なら地中にもう一回行けってことですか?でも……行っても根っこに捕まっちゃうし……あの大きい樹がある限り――――――あっ!!!)
ドラコの脳内に電流が走る。
『……そっか――――――そうゆうことなんですね!!!』
『全く。いくら【帝国騎士団】が実力主義とはいえ、僕にも立場というものがね。君もそうは思わないかい?――――――あれ?』
先ほどまで地面の上を転がっていた緑髪の少女の姿が消えていた。
咄嗟に辺りを見回したが、影すら見つけられなかった。
『……あの状態ではまともに移動なんてできるはずが――――――そうか!!!』
アルドは指をピクリと動かす。
自身の神経を【千変大樹】と同化させる。
(……居た。だが……なんだ?――――――揺れている!?)
地面を直視する。
すると、波打つ様に揺れ始め、それは段々を大きくなっていった。
地上から約30メートル程の深さまで沈み込む。
辺りは真っ暗闇に覆われており、土龍でなければ何も見えなかっただろう。
ドラコは深く息を吸う。
(体が上手く動かないのなら――――――体以外を上手く使えばいい!!!)
地中では隠していた二本の黒い角と、小さな二枚の翼が現れた。
『全身全霊全力――――――【土龍の息吹き】ッ!!!』
肺にある空気を一気に放出する。
すると、硬いはずの土がまるで水のような流動的な状態に変化し、それは螺旋状に回転しながら【千変大樹】へと押し出された。
【千変大樹】の根っこが迎撃に出るが、バラバラになりながら螺旋回転の渦に飲み込まれた。
アランは腕を組みながらフィールドの様子を観察する。
『先鋒戦がだいぶ勉強になったんだよな。小さな振動も複数の異なる振動と合わせると大きくなる事がある。移動時に発生した地中の波と、ドラコの【土吐き】による波がいい感じにぶつかり合うと――――――』
次の瞬間、火山が噴火するかの如く大きな土飛沫が噴き上がり、瞬く間に【千変大樹】を根本から持ち上げる。
アランは満足気な表情で口を開く。
『――――――上方向へと放出される』
『あれはただ、あの娘のブレスがクソ強いだけじゃぞ』
『――――――上方向へと放出s』
アルドは全速力でダッシュした。
ユラユラと流動的に動く地面に足を取られそうになりながらも、なんとか【千変大樹】の枝にしがみ付いた。
『な、なんですかこれは?』
それはもはや、地上とは呼べなかった。
茶色い大きな湖。
【千変大樹】は引っこ抜け、横になりながらぷかぷかと浮いていた。
すると、ひょっこりと緑色の何かが地上に飛び出してきた。
『形勢逆転ですね!!!』
そして、満面のドヤ顔でコチラを向きながら、ドラコは地面を泳ぎ始めた。
『くっ、まさかここまでの規模の魔術が使えるとは』
『魔術ではないです――――――(土龍の)加護です!!!』
(何を言っているのか分からないが……どうする?足場が悪すぎてろくに魔術が使えないじゃないか!【植物魔術】は地面に種を植えて初めて使えるのに……くっ、このままだとルインに煽られる!!!それだけは避けなければ!!!)
『……いや、待てよ』
『どうしたんですか?』
『君、体力に自信はあるかい?』
『え、急に何を言っているんですか?因みに、体力に関しては自信がありまよ』
『そうですか。では――――――魔力の方はどうなんだい?』
『……え?』
その時、ドラコの体に雷が落ちたかの様な痛みが走る。
全身の筋肉が痙攣し始め、体がガクガクと震え止まらなかった。
次第に体が浮力に逆らえなくなり、ドラコは仰向けになりながら地上で横たわってしまった。
『え?え?え?』
『…………』
アルドは実況/解説席を向きながら手を挙げた。
『これ以上の試合は危険です。おそらくは――――――【魔力欠乏症】かと』
ドラコはいつもの硬い地面に仰向けになりながら、試合終了の宣言を聞いた。
サーバーダウン君ほんまに……(悲しみ)




